これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/05/29 腎機能検査

腎機能検査について考える。 稀に、血液生化学検査におけるクレアチニン濃度だとか、尿素窒素濃度だとかを「腎機能の値」と呼ぶ医師や学生がいるが、よろしくない。 これらの検査所見は、糸球体瀘過量をある程度は反映しているとはいえ、他の要因にも多分に影響されることなどから、腎機能の評価としては精度が低いからである。 かの有名な The New England Journal of Medicine に連載されている `Case Records of the Massachusetts General Hospital' において、 私が最も気にくわないと感じているのは、血液生化学検査所見において `renal function' とか `liver function' とかいう表現が多用されていることである。

そもそも「腎機能」とは何か。 臨床医の中には「腎機能とは糸球体瀘過量のことである」と主張する者がいるが、暴論である。 腎機能とは、腎臓の機能のことである、と考えるのが普通である。 現代生理学において、腎臓の機能とは、尿の生成および内分泌の両方であると考えられている。 尿の生成は、糸球体における原尿の生成、および尿細管や集合管における電解質等の再吸収や分泌によって為される。 一方、内分泌はエリスロポエチンやレニンの産生、ビタミン D の 1 α ヒドロキシ化、などが知られている。 これらの総称が「腎機能」なのであって、糸球体瀘過は、腎機能のごく一部に過ぎない。

糸球体瀘過量を測定する方法としては、24 時間蓄尿によるクレアチニンクリアランスの測定が、臨床的にはしばしば行われる。 しかしクレアチニンクリアランスと糸球体瀘過量は、似てはいるが、厳密には異なる。 また、イヌリンクリアランスは糸球体瀘過量と概ね一致するが、測定が煩雑であり、患者の身体的負担も軽くない。 さらに、クレアチニンにせよイヌリンにせよ「両側腎臓のクリアランスの合計の 24 時間平均」しかわからないことに注意が必要である。

腎癌の手術などに関連して、左右の腎臓の機能を別個に調べたい場合がある。この場合、クリアランス法は使えない。 そのような目的には、放射性物質を用いた、いわゆる核医学検査が適する。 金原出版『核医学ノート』第 5 版によると、99mTc で標識したメルカプトアセチルトリグリシン (99mTc-MAG3) は、 主に腎尿細管から分泌されることで尿中に排泄される。糸球体で瀘過されるのは全体の 5 % 以下であるらしい。 瀘過されにくいのは、99mTc-MAG3 の大半が血漿中で蛋白質に結合しているからである。 従って、99mTc-MAG3 は、腎尿細管機能をみていると考えてよかろう。 これに対し、99mTc で標識したジエチレントリアミン五酢酸 (99mTc-DTPA) は、 尿細管から再吸収や分泌されることなく、専ら糸球体瀘過により尿中に排泄されるという。 すなわち、糸球体瀘過の評価に適した物質である。

糸球体瀘過と尿細管分泌は、厳密には異なる現象であるが、生理的には両者は密接に関係しており、一方が機能障害を来せば他方にも障害を生じるらしい。 急性尿細管壊死が急性腎不全を来す、というのが、その好例である。 そのため、臨床的には両者をあまり区別せず「腎機能」という漠然とした言葉でごまかすことが多いようである。 しかし、曖昧な言葉を使えば議論が曖昧になるから、基本的には、こうした意味のよくわからない言葉は避け、正しい表現を心掛けるべきである。 私も、時に横着して「腎機能」とか「肝機能」とかいう言葉を用いるが、だいたい、後で反省している。

さて、腎シンチグラフィとは、狭義には、これらの放射性薬剤の腎臓への集積の様子を画像化するものをいい、定性的な評価を行う。 これに対し、腎臓への集積量の時間的変化をグラフ化するものをレノグラフィといい、定量的な評価を行う。 実際上は、シンチグラフィとレノグラフィは同時に施行されることが多い。 定量的評価は定性的評価よりも優れているかのように思われるかもしれないが、レノグラフィでは腎実質の異常と、尿路の閉塞ないし狭窄を区別できない、などの弱点がある。 腎核医学検査に限らないが、定性的評価は、常に重要である。

さて、腎核医学検査において、利尿薬、たとえばループ利尿薬であるフロセミドを投与して「負荷試験」を行うことがある。 ここでいう「負荷試験」とは、どういうことか。 医学的センスに富む人は、これだけの情報で「あぁ、たぶん、こういう検査だな」と想像できるであろう。 なお、遺憾ながら私には、そこまでのセンスはなく、某医師から少しのヒントをもらって、ようやく察することができた。

腎シンチグラフィにおいて、尿の腎盂や腎杯への貯留が認められることがある。 しかし、これが尿路の閉塞によるものなのか、あるいは機能的な事情により尿が停滞しているのかを区別するのに、利尿薬が有効である。 すなわち、解剖学的閉塞がある場合には利尿薬は何らの改善ももたらさないが、機能的な停滞であれば利尿薬により流出の改善が起こると考えられる。 これが負荷試験である。 つまり、ここでいう「負荷試験」とは「負荷をかけて腎機能をみる」試験ではなく「負荷をかけて尿路障害をみる」試験なのである。 私は、ここを勘違いしていたために、負荷試験の趣旨や原理をなかなか理解できなかったのである。 なお、利尿薬は、ふつうはフロセミドを使うが、理屈からいえば何でも良いことになる。

こうした核医学検査は、みていてワクワクする楽しい検査であり、私も一度、受けてみたい。 しかし、これは少なからぬ被曝を伴う、つまり侵襲性が高い検査である上に、費用も高い。 そのため、なかなか受ける機会がなく、残念である。


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