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先にも書いたように、『標準精神医学』は、「標準」シリーズにあっては珍しくストーリー性に富んでおり楽しんで読める教科書である。 現代精神医学理論の背景となる歴史にも触れており、無味乾燥な丸暗記を避けるよう配慮されている。 もちろん、同書に記されているのは、膨大な精神医学史の、ほんの一端であろうが、精神医学を専門としない一般学生の教養としての必要最低限度は満足しているものと思われる。
その一方で、あくまで DSM-5 に準拠した疾患分類を重視し、「標準」シリーズの原則に従って「医師としての最低限の教養」をまとめた構成であるために、 精神医学的議論は乏しい。 たとえば、同書の記載からは、適応障害と、急性ストレス障害と、心的外傷後ストレス障害の関係は、不明瞭である。 これらを別個の疾患とみるか、あるいは同一スペクトラム上の、すなわち連続した病態の便宜上の区分とみるか、 あるいは適応障害は他二者を包含する疾患とみるかは、明らかなではない。 また、全て本質的には同一の疾患であるとみる考えもあるかもしれない。 こうした精神医学的議論については同書では触れられておらず、いささか、不満は残る。
もっとも、こうした議論を教科書に期待すること自体が、本来は、不適切なのであろう。 教科書の役目は、問題を提起し、基調となる意見を提供することであって、それに解答を与えるべきではあるまい。 かつての医科学生達は、こうした学術上の議論を、学生同士で、時に酒杯を片手に、徹夜で語り合ったという。 精神医学に限らず、学問は、古来、ロマンに満ちているのである。