これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
私は、再生不良性貧血について全くの無知であったが、今日、少しだけ勉強したので、ここに記録しておく。
まず「貧血」という言葉の定義には統一されたものがなく、曖昧であるが、ここでは「赤血球またはヘモグロビンの減少により、その機能が不足している状態」としよう。 また、「再生不良性貧血」という語は、意味がわかりにくく、不適切な術語であるように思われる。 英語では aplastic anemia であり、MEDSi 『ハーバード大学テキスト 血液疾患の病態生理』では骨髄無形成 marrow aplasia によって引き起こされる貧血、としている。 すなわち、造血幹細胞が何らかの理由により減少し、または機能低下したことによる貧血をいう。
さて、リボソーム蛋白質の遺伝子にある種の変異を有する場合、だいたいは流産になるように思われるが、中には出生する例もある。 このうち、骨髄において赤芽球系細胞の減少を来すものを Diamond-Blackfan 症候群という。 理屈からわかるように、`Nelson Textbook of Pediatrics' 20th Ed. によれば、患者の約半数は何らかの先天性奇形を有するらしい。 また、患者は悪性腫瘍を罹患する頻度が高いらしいが、これも当然である。
さて、日本では基本的に、Diamond-Blackfan 症候群は先天性赤芽球癆の代表として取り扱われるようであり、南江堂『血液専門医テキスト』にも、そのように記載されている。 赤芽球癆とは、骨髄において赤芽球系の細胞のみが減少することによって貧血を来す病態をいう。 実際、Diamond-Blackfan 症候群では典型的には末梢血において赤血球のみが減少するし、骨髄所見では赤芽球の著明な減少がみられる一方、 巨核球系や骨髄球系には明らかな異常は認められない。 従って、これを赤芽球癆とみるのは、間違ってはいない。
しかし「Nelson」によれば、血小板の増加または減少、または好中球減少を来す例もあるらしい。 理屈で考えて、リボソームの機能異常があるのだから、巨核球系や骨髄球系にも異常が生じるのは、何ら、おかしなことではない。 その意味では、障害は造血幹細胞レベルで既に生じているのであって、これは再生不良性貧血であると言えないこともないだろう。 「血液疾患の病態生理」で Diamond-Blackfan 症候群を再生不良性貧血に分類されているのは、たぶん、こうした理由である。 また、「Nelson」は中庸路線を取っているようであり、`Hypoplastic Anemia' と表現している。
Diamond-Blackfan 症候群が再生不良性貧血であるかどうか、という議論にはあまり学術的な意味はないが、病態を正しく理解することは重要である。 治療としては、ふつう、グルココルチコイドが用いられるが、その作用機序は不明である。 「Nelson」によれば、一部のリボソーム蛋白質が異常になることで、正常なリボソーム蛋白質が過剰に蓄積し、p53 を介したアポトーシスを誘導する、とする意見もあるらしい。 もっと単純に、異常蛋白質が細胞膜上に発現して自己免疫性に赤芽球が破壊される可能性もあるように思うのだが、よくわからない。 いずれにせよ、赤芽球系が比較的選択的に障害を来す、という事実を説明できない。 たぶん、アッと驚くような仕掛けが、背後に隠れているのだろう。