これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/05/08 医科学生の典型像

世間では、「医者は世間知らずだ」とか、「医者は非常識だ」とか、言われる。 正確に言えば、これは医者だけではなく、教師や政治家も同様のことを言われているのだが、今回、取り上げるのは医者の話である。 日本社会の美点なのか欠点なのか知らないが、そういう批判を、医者や、その関係者に対して公然と投げつける人は少ない。 その結果、一部の医者や医科学生は、まるで、医者は世間から幅広く尊敬されていると勘違いするようである。

過去にも書いたように思うが、私は、医者が嫌いである。もちろん、医者を尊敬などしていない。 「医者になろうとしているくせに、何を言っているのか」などという指摘を受けることもあるが、全く的外れである。 誰もが医者に憧れて医者になるわけではない。 医者を嫌い、医者を蔑み、医師のあり方を正さんとして医者になろうとする者も、少数ながら存在するというだけのことである。

近頃になって、ようやく認識してきたのだが、どうも医科学生の中には、 試験に合格すること自体を目的に勉強し、しかも、そうした勉強のあり方に疑問を抱いていない者が、少なからず存在するように思われる。 彼らは「役に立つこと」しか勉強しないので、試験に出そうな内容か、 あるいは将来の自分の専門分野になりそうな範囲にのみ集中して取り組み、それ以外の事項には関心を示さない。 生化学や生理学などといった基礎医学は、試験に合格しなければ進級できないから勉強するのであって、それ以上の意味はない。 低学年の頃は「早く臨床の勉強をしたい」とか「臨床医学を学ぶ中で、必要に応じて基礎に遡って勉強すれば良い」とか言う一方で、 いざ臨床の勉強を始めると、もはや基礎には関心を示さず、生化学や生理学、あるいは病理学や薬理学などを遡って勉強することはない。 また高学年になると、臨床実習は時間を取られる鬱陶しい存在となり、そんなことよりも「自分の勉強」に時間を割きたいと考えるようになる。 「自分の勉強」とは、予備校のビデオ講座や、国家試験の過去問集のことである。 試験で高得点を取り、米国医師国家試験に合格することで、自らが優れた学生であることを示そうとする者もいる。

たぶん、高校を出た時点では、こうした考えに染まらず、本当に医学を志した学生も、一定数は存在したのだと思われるが、 名大医学科のような雰囲気の中では、その志を保つことは困難であっただろう。 本来、我々のような再受験生や編入生は、こうした一部の若い学生を精神的に支え、共に歩むことを期待されていたはずである。 しかし現実には、率先して上述のような風潮に迎合し、試験対策勉強に専念する者が少なくないようである。

次回に続く

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