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2015/05/07 検査は侵襲性の低いものから

「検査は、侵襲性の低いものから順に行うのが原則である」というような話を聴いたことがある。 侵襲性とは、患者の心身に与える負担のことをいう。 例えば、太い針で病変から組織を採取する組織診よりも、細い針で少しの細胞だけを採取する細胞診の方が低侵襲である。 また、多少の被曝とひきかえに多彩な情報を採取できる放射線診断は、より低侵襲であろう。 さらにいえば、超音波検査や、聴診や触診などを主体とした身体診察は、さらに侵襲性が低いといえよう。 このような侵襲性の低い検査から順番に行うのが診断過程の原則だ、というのである。

私は、長いこと、この「検査は低侵襲のものから」という考えの根拠を理解できずにいた。 たぶん学生の多くは、この考えを「なんとなく」あるいは「そう教わったから」という程度の理由で信奉しているのであって、 キチンとした理論的根拠を示せる者は、まず、いないであろう。

過日、医学書院『標準放射線医学』第 7 版の総論部分を読んでいて、以下の記述に遭遇し、この問題が解決した。

適切な画像診断法の選択も画像診断に携る場合には極めて重要である. 現在, 疾患の診断には種々の検査法が開発され実用化されており, その選択に迷うことも多い. この事実は不必要に検査を増やすことにもつながり, 医療費の高騰の一因ともなっている. また, 放射線被曝に対する考慮もなされねばならないので, この点における知識も要求される. 常に診療上必要最小限の画像診断を選択するように努めなくてはならない. 類似の情報に終わる検査を重複して行わないように努めるべきである. 同じような情報を得るのであれば, より侵襲度の低いもの, あるいはより経済的なものを選ぶのが原則である. 最終的には, 被験者の利益につながるものでなければならない. したがって, 従来の X 線検査, X 線 CT, MRI, 核医学, 超音波検査それぞれの長所, 短所についてよく把握しておくことが大切である.

要するに、世間で言われる「検査は侵襲性の低いものから」という言葉には、「同じような情報を得るのであれば」という重要な句が抜けているのである。 この重大な条件を忘れて無思慮に「検査は侵襲性の低いものから」と信じ込むことの弊害は、昨年 8 月 11 日に例示した。

大切なのは、診断法を丸暗記するのではなく、キチンとした診断学の理論に基づき、自らの頭脳を駆使することである。

2015.05.09 誤字修正

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