これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/04/26 Anna-Luise A. Katzenstein 教授

私は、医学界における権威ある教授だとか、有名な医師だとか、そういう話には興味がない。 私が知っている優れた臨床病理学者といえば、現代病理学の父たる Rudolf Ludwig Karl Virchow と、 リンパ腫で有名な Professor Nakamura Shigeo ぐらいであった。 最近、間質性肺炎の勉強をしている中で、このリストにもう一人、Professor Anna-Luise A. Katzenstein が加わった。 読み方は知らないが、たぶん、アンナルイーズ カッツェンシュタインという感じであろう。

私がはじめて Katzenstein に出会ったのは、MEDSi 『胸部の CT』第 3 版で特発性間質性肺炎の分類について読んでいた時である。 CPFE として提唱されていた疾患概念について 「真打ちたる Katzenstein がそこにみられる繊維化がコラーゲンの沈着の仕方で UIP や NSIP とは異なることを示し」と書かれていたのである。 私は権威というものが嫌いであるから、これを読んだとき、最初は 「フン、何が真打ちか。この Katzenstein というのは、きっと、偉ぶった、いけすかない奴に違いない。」ぐらいにしか思わなかった。 しかし、さらに勉強を進めていくと、いたるところに、この Katzenstein の名が登場するのである。 かつて通常型間質性肺炎 (Usual Interstitial Pneumonia; UIP) に含まれていた一部の症例が、独立した疾患群に属するらしいことを明らかにして 非特異性間質性肺炎 (Non-Specific Interstitial Pneumonia; NSIP) という概念を樹立したのも Katzenstein である。 病理学、病理診断学、放射線診断学などの領域にまたがり、間質性肺炎という謎の疾患群の解明に挑み続け、 時代と世界の先端を歩み続けているのが、この Katzenstein なのである。 「いけすかない奴」どころか、私が理想とする病理学者像、そのものである。

Katzenstein は `Surgical Pathology of Non-Neoplastic Lung Disease' という教科書も著しており、第 4 版は 2006 年に出版された。 これは世界的に大好評であったらしく、多くの論文等で参考文献に挙げられている。 ところが、なぜか、この名著は絶版になってしまったらしい。一応、通信販売で一部の業者から新品を入手できるようだが、価格は高騰している。 私は、迷った。日本のアマゾンでは新品価格が 10 万円を超えており、学生にとって、容易に手を出せる金額ではない。 しかし、もし将来、間質性肺炎に関する仕事をするならば、この書物は何としても、我が書棚に納めておきたい。 十年後、二十年後になれば、間質性肺炎に対する理解は今よりずっと進むであろうが、 それでも「Katzenstein の著書」という意味で肺病理学者にとって垂涎の書物であり続けることは、容易に想像できるからである。 今月は既にAckermanを購入したために、書籍代の予算は尽きているのだが、しかし、待てば待つほど、Katzenstein は高騰する一方であろう。 そこで、懐具合のことは無視して英国のアマゾン経由で発注した。 340 ポンド、6 万円余りである。私にとって、一冊の教科書への投資額の過去最高記録を更新したが、それだけの価値はある。


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