これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
昨日の話の続きである。 複数の友人から「欧米では、優秀な医科学生は『ハリソン内科学』などの教科書は読まない。 むしろ優秀でない学生こそが、何周も教科書を読んで、その内容をよく記憶しているらしい。」というような話を聴いたことがある。 たぶん、この話は、半分は本当であろう。 欧米の大学の中には、医学をキチンと科学として扱うところもあるらしく、工学と同様、無闇に暗記するようなくだらない学習から脱却しつつあると聞く。 そうした大学では、優秀な学生は、教科書の内容など暗記していないであろう。
しかし「優秀な学生は教科書を読まない」というのは正しくない。読んではいるが、記憶していないのである。 受験勉強に染まりきった一部の学生は、教科書を読むことの目的が「知識を得ること」だと思い込んでいるから、 「記憶しない」ということを「読まない」という意味に誤解するのである。 読んだ上で、細かなことは忘れてしまえば良い。 本当に重要な部分、医学の核となる部分だけは、忘れようにも頭から去ることはなく、いざ必要なときには、意識せずとも脳裏に蘇えるものだからである。
このあたりの問題については、『ハリソン内科学』日本語第 4 版の監訳者序文として、京都大学名誉教授の福井次矢氏が明確に述べている。
「EBM が医療の基本的パラダイムとなりつつある現在, Harrison's PIM に代表される標準的教科書の価値はもはや失われたのではないか, との考えも巷にはある。 しかし, IT の発展普及によって情報が溢れているからこそ, 溢れる情報の中から最も真実を反映している可能性の高い情報を選択する能力は, すべての医師に必須である。 そのような能力は, Harrison's PIM のような最も体系だった医学教科書と, 臨床疫学・統計学の基礎的な教科書をじっくり読み込み, それらの知識がコンピュータの OS のように活用されることで身につく。 したがって, EBM の時代であるからこそ, Harrison's PIM の普及が求められている」。
福井氏のこの記述の真意がどこにあるかは、知らない。 しかし私は、氏は暗に、無闇に統計的根拠や経験的事実を信じて指導者の言うことを無批判に受け入れるのではなく、 適切な医学理論に基づく論理的思考の重要性を述べているものと理解している。