これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
同級生の某君から、先日の記事に関連して「肺炎の定義は、何なのだろうか」というコメントを頂戴した。ありがたいことである。 曰く、『ハリソン内科学』第 4 版では、肺炎を「肺実質の感染症である」と定義している、というのである。 原書の `Harrison's Principles of Internal Medicine 18e' でも `Pneumonia is infection of the pulmonary parenchyma.' とあり、誤訳ではない。 つまりハリソンの流儀でいえば、薬剤性肺疾患や膠原病などによる肺の炎症は、肺炎ではない、ということになる。
そこで他の書物をみると、`Robbins Basic Pathology' 9th Ed. には `Pneumonia' という独立した項目はない。 `Pulmonary Infections' という節の冒頭に `Pulmonary infections in the form of pneumonia are...' とだけあり、肺炎の定義は記載されていないようである。 これに対し医学書院『医学大辞典』第 2 版では「肺炎」は「肺胞および肺間質に生ずる炎症。原因は種々の微生物, 化学物質や物理的, 免疫学的要因とさまざまである。」と している。先日の記事で私が用いた定義は、これと一致する。 また、朝倉書店『内科学』第 10 版では「肺炎とは, 種々の原因による肺実質内の炎症の総称であるが, 一般には, 病原性微生物による感染性炎症を肺炎とよぶことが多い.」とある。
結局、朝倉の記述が実態を最も適切に表現しているのであろう。 すなわち『医学大辞典』の定義が本来であるが、臨床上は「ハリソン」の意味で使う人が多いものと思われる。
しかし臨床病理学者 (の卵母細胞) の立場から申し上げれば、「ハリソン」の定義は、臨床上は非常に使いにくい。 なぜならば、この定義に従う場合、「肺炎」と診断するためには「感染性である」と考えるだけの根拠を示す必要があるからである。 たとえば、発熱を主訴として咳嗽を有する患者に胸部 X 線画像や CT で肺の浸潤影がみられ、血液検査で好中球増多症や CRP 高値などが認められても、 これは炎症を示唆する所見であって、感染を示唆するわけではないから、肺炎とはいえない。 膠原病による非感染性炎症かもしれないし、肺癌に随伴する炎症をみているのかもしれない。 喀痰中から細菌が検出されて、はじめて「肺炎」といえるのである。 これに対し『医学大辞典』の定義に従うならば、放射線画像や血液検査だけで、「何の疾患かはわからないが、とにかく肺炎である」ぐらいのことは言える。 私は、今後とも、こちらの意味でのみ「肺炎」という言葉を使う所存である。