これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
癌に対する、X 線を用いた放射線治療の合併症としての腎傷害や肝傷害を考える機会があったので、ここにメモを残す。 胃癌や大腸癌などに X 線を当てようとすると、周辺臓器である腎臓や肝臓も、ある程度は被曝する。 このため、時に肝機能障害や腎機能障害を来す。 いわゆる重粒子線治療の場合、こうした周辺臓器への影響を軽減できると期待されるのだが、残念ながら諸般の事情により、現時点では一般的には行われない。
まず放射線による腎傷害、いわゆる放射線性腎炎について考える。 日本内科学会雑誌 第 88 巻 第 8 号 pp.79-82 によれば、放射線腎炎においては血管傷害による糸球体傷害と、 活性酸素による糸球体傷害および尿細管傷害があるらしい。 そして、これらの傷害は概ね非可逆的であり、回復は困難であるとされる。
腎不全や高度の腎炎などの徴候がみられるのは、概ね腎臓の 50 % 以上の領域に 20 Gy 以上の照射が行われた時である、とされるが、 5 Gy 程度の被曝であっても組織学的な非可逆的変化は生じるらしい。 すなわち、腎傷害については閾値はなく、低線量の被曝であっても将来的な腎不全のリスクは上昇する。 従って、腎臓の被曝は可能な限り少なくするべきである。
肝傷害の機序は、よくわからない。『がん・放射線療法 2010』によれば、肝臓の場合は、 各々の小葉が線量に応じて確率的に機能喪失する、というモデルが良い近似を与えるらしい。 すなわち、低線量の被曝であれば、機能喪失する小葉は僅かであるため、重篤な肝機能障害は来さない。 肝硬変などの合併がなければ、肝臓は再生するから、重大な後遺症も生じないと考えてよかろう。 目安としては、正常肝であれば 3-4 週間の間に 30 Gy 程度の被曝にも耐えるという。 また、最大で 70 % 程度の領域が外科的に切除されても耐えられるという。 従って、胃癌や大腸癌に対する放射線治療の合併症という意味においては、肝臓は、 もともと肝機能障害がないならば、かなりの程度、放射線抵抗性があるとみなすことができる。
解剖学的な事情により、時に、肝臓の被曝と腎臓の被曝を天秤にかけねばならないことがある。 そうした場合には、上述のような肝臓と腎臓の相違を念頭に、治療計画を練るのが良いと思われる。