これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2015/04/04 病理学を学ぶ意義

四年生の夏頃であっただろうか、病理学の某教授に対し、酒席において次のようなことを問うたことがある。 「病理学とは、疾患の原因を詳らかにし、その治療法を探る学問だと思います。 しかし形態学を重んじる現在の病理診断は、本来の病理学とは異なる、何か別のものになってしまっているのではないでしょうか。」 これに対し、教授は「その通りであって、病理学と病理診断学は異なる。」という趣旨のことを述べた。

遺憾ながら現在の名大医学科のカリキュラムでは、基礎医学としての「病理学」と、臨床医学としての「病理診断学」が分離されていない。 このため、三年次の病理学において、疾患概念すらよく理解していない学生に対し、病理診断の高度に臨床的な技術の講義がなされることがある。 もちろん、これは不適切であり、三年生がそのような高度に臨床的な知識を習得する意味はない。 そもそも、病理医になるわけでもない学生にとっては、そのような技術は、あまりにマニアックである。 まずは「病理診断学」ではない「病理学」を、キチンと修得するべきである。 病理学を修めていれば、臨床医学の多様な事項の大半は「あたりまえのこと」として容易に理解できるのである。

ただし、私は「病理診断学を三年生が学ぶ必要はない」と主張しているだけであって、 「病理組織学を学ぶ必要がない」と考えているわけではない。 疾患の本質を理解するためには、組織学的理解は不可欠だからである。

たとえば「胃癌」という疾患について、多くの学生は、いったい、どのようなイメージを持っているのだろうか。 ひょっとすると、「早期胃癌の定義は……」などという試験対策的な知識を大量に持っている一方で、 疾患そのものについては、あまり明確なイメージも抱かず、定義すら正しく認識していない学生が、少なからず存在するのではないか。 あるいは、定義と診断基準をキチンと区別して理解している学生は、どれほどいるのだろうか。

組織をみるということは、疾患の本質、癌細胞そのものをみる、ということである。 外科医は、切除した胃の病変をさして「このあたりが癌だね」などと言うが、実は彼らがみているのは繊維化している部分であって、 癌細胞の集塊そのものをみているわけではない。 「癌は硬い」などと思っている人がいるが、それは繊維化しているから硬いだけであって、癌細胞そのものは、たぶん、それほど硬くないのである。

癌細胞そのものをみずして、どうして、癌を理解できようか。


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