これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
ヘマトクリットとは、血液中に占める赤血球の体積割合のことをいう。 これの測定には、遠心法と、自動測定法とがある。 両者は原理的に全く異なるものであるが、医師の中にも遠心法しか知らない者がいるようである。 我々も、臨床検査技師との円滑なコミュニケーションのために、こうした基本的な検査の原理ぐらいは、把握しておくべきであろう。
遠心法とは、赤血球を遠心沈降させることにより、赤血球層と、それ以外の成分から成る層に分離した上で、層の厚さから体積比を計算するものである。 これに対し自動測定法とは、自動血球分析装置を用いて個々の赤血球の体積を測定し、その積分としてヘマトクリットを計算するものである。 赤血球体積の測定法としては、電気抵抗方式が面白い。これは、脂質二重層から成る細胞は不導体であることを利用し、 電気抵抗の変化を測定することで赤血球体積を推定するものである。 すなわち、ある槽が細孔を有する隔壁で二分割されている状況において、隔壁の両側に電圧をかけ、電気抵抗を測定するのである。 何もなければ、両側が細孔でつながっているのだから、電気抵抗は小さい。 しかし赤血球が細孔を通過している最中は、細孔が塞がれてしまうために、電気抵抗がとても大きくなる。これにより、赤血球の大きさがわかるのである。 詳細は『臨床検査法提要』を参照されたい。
話は変わるが、HbA1c というものがある。糖尿病の指標などに用いられるものである。 時に、HbA1cのことを「グリコヘモグロビンともいう」などと説明する者がいるが、誤りである。
成人のヘモグロビンの 90 % は α2β2 のサブユニット構成を持つ HbA であるが、2 % 程度は α2δ2 の HbA2 であり、 0.5 % 程度が α2γ2 の HbF である。 残りの 7 % は HbA 1 であり、陽イオン交換カラムクロマト分画において HbA よりも早く溶出する成分である。 HbA1 は、グルコースなどの糖とヘモグロビンが結合したものが主体であることから、これをグリコヘモグロビンと呼ぶ。 HbA1 は三つの分画、すなわち HbA1a, HbA1b, HbA1c から成る。 この HbA1c が HbA1 の主体であって、ヘモグロビン全体の 4 % 程度を占めるのである。 以上のことからわかるように、HbA1c はグリコヘモグロビンの一部に過ぎないのだから、両者は明確に区別する必要がある。
上述のように、HbA1c は物質構造から定義された概念ではなく、測定上の分画として定義されたものである。 従って、測定方法の相違によって HbA1c の値は大きく変化してしまう。 さらに HbA1c には、どうやら安定型と不安定型があるらしく、通常、検査で測定されるのは安定型のみである。 日本糖尿病学会 (JDS) では、安定型 HbA1c のみを測定する手法の普及をめざし、試薬の標準化などを試みてきた。これが、いわゆる JDS 値である。 しかし世界的には、HbA1c のうち β 鎖の N 末端バリンが糖化したものを「安定型」と定義し、これを測定するのが主流であり、NGSP 値と呼ばれる。
本日、これを日記に記載したのは、以前『臨床検査法提要』を読んだ時、HbA1c 測定の標準化について格調高い記述があったような気がしたことを、 ふと思い出したからである。しかし、今、改めて読み返してみると、特段、感動するようなことは書かれていなかった。 私の記憶違いであろう。