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2015/06/23 教科書レビュー: 医学書院『標準脳神経外科学』 第 13 版

通読していない状態での仮レビューである。

本日、脳神経外科学の試験が行われた。予定では、標題の書を通読した上で受験したかったのだが、諸般の事情に精神的に疲弊していたことなどにより 総論と脳腫瘍の章のみ、ページ数でいえば全体の半分程度しか読んでいない状態で受験した。 読んだ範囲については余裕であったが、未読部分の問題はよくわからず、想像力に任せて解答した。もし仮に合格したとしても、まぐれである。

『標準脳神経外科学』は、「標準」シリーズの中でも、全体を通したストーリー性が高く、楽しんで読める部類の教科書である。 その意味では標準精神医学と似ている。 しかし「精神医学」では「ロマンの香り」などの、やや軟派な記述がみられるのに対し、「脳神経外科学」は硬派な記述で一貫している。

美しい図や写真が豊富に掲載されており、イメージをつかみやすいのも特徴である。 特に、脳腫瘍については典型的な組織写真が載っている。これは、「造影効果の有無」などを丸暗記せずとも自然に想起できるように、との配慮であろう。たいへん、よろしい。

記載内容にも、特に不満はない。 一点だけ、難癖をつけるとすれば、神経外胚葉性腫瘍の分類についてである。 第 6 章 E は「神経上皮性腫瘍 (神経膠腫)」と題されており、「脳の神経上皮細胞 (神経膠細胞, グリア細胞) から発生する腫瘍を総称して 神経膠腫 (グリオーマ) という.」と書かれている。 たぶん、この「上皮細胞」という表現は「外胚葉」の誤りであろう。神経膠細胞は外胚葉由来であるが、上皮ではない。 この節には、髄芽腫、原始神経外胚葉性腫瘍 (primitive neuroectodermal tumor; PNET), および神経細胞腫が含まれている。 このうち、神経細胞腫は神経細胞の腫瘍であって、グリア細胞由来ではない。 また、髄芽腫と PNET についても、細胞起源は明らかではないが、たぶん、グリア細胞由来ではない。 従って、冒頭の「神経上皮細胞 (神経膠細胞, グリア細胞)」という表現は、不適切である。

また、本書では、髄芽腫や PNET という分類が持つ繊細な問題に触れられていない。 そもそも「髄芽腫」は、起源が全く不明な腫瘍であり、名称も不適切である、との批判も少なくない。 PNET と髄芽腫を分けるべきではない、との意見もあるらしい。 PNET 自体も、概念が不明瞭であり、神経外胚葉性腫瘍の Not Otherwise Specified なもの、いわゆるゴミ箱的な区分と考えてよかろう。 本書の記述では、まるで髄芽腫とか PNET とかいう、明確に分類された腫瘍群が存在するかのように誤解されかねないが、実際には、そんなことはないのである。

たぶん、著者としては、そうした議論は「学生のレベルを越えている」という認識なのであろう。 しかし、何事も、最初が肝心である。初学者向けの教科書だからこそ、「こうした分類は、あくまで便宜的な区分に過ぎない」ということを明記するべきである。

初学者が通読するための教科書として、強く推奨する。


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