これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/09/21 因果関係

9 月 3 日に書いた、製薬会社による「情報提供」に関係する話である。 過日、主に研修医対象の情報提供の際に、ある疾患について前向きコホート研究の結果を示して「服薬コンプライアンス不良の患者は再燃しやすい」と述べられていた。 「服薬コンプランス」とは、「予め定められた通りに薬を飲む」という意味であって、それが不良というのは、要するに「キチンと薬を飲んでいない」ということである。 製薬会社としては、「コンプライアンス不良だと再燃しやすいのだから、コンプライアンスを高めれば再燃しにくくなる」ということを言いたかったらしい。 しかし、疫学などを修めた医科学生にとっては常識であろうが、「コンプライアンス不良だと再燃しやすい」という調査結果が事実であったとしても、 「コンプライアンスを高めれば再燃しにくくなる」とは、いえない。いわゆる交絡因子の影響があり得るからである。 たとえば「背景に腸管運動障害のある患者はコンプライアンス不良になりやすく、また、腸管運動障害があると再燃しやすい」という関係もあり得る。 この場合、上述のようなコホート研究結果が得られるが、コンプライアンスを高めても再燃を予防することはできない。

その情報提供の際、司会の教授が「何か質問はないかね?」と言うので、私は他の参加者に遠慮する意味で一呼吸おいてから「ハイ」と手を挙げた。 すると教授はニヤリとして「また、君かね。手短に済ませたまえ。」というようなことを言った。 私は、質問というより半分コメントですが、と前置きして、「コホート研究なのだから、因果関係があるとは言えないと思いますが、合ってますよね?」と、 質問のような、質問でないようなコメントを発した。 私としては、「ちょっと、論理が飛躍してますよね」という意味でチクリとやっただけのつもりだったのだが、その MR (Medical Representative) は、 「え、前向きだから、因果関係を示したことになるのではありませんか?」というような反応を示した。

狼狽したのは、むしろ私の方である。 コホート研究では因果関係を示せない、などというのは統計学の基本であり、医学あるいは薬学を修めた者であれば、誰でも知っているはずのことである。 そんなことも理解していない者を MR に任じるとは、一体、その製薬会社は、どういうつもりなのか。 他社の MR であれば、この場合「あなたの言う通りで、因果関係を示したことにはなりませんが、これは参考のためのデータでして云々」などと弁明したであろう。

学生時代から繰り返し書いているが、臨床医療では、理論が不適切に軽んじられている。 「コホート研究だから本当は因果関係を示したことにならないし、特に根拠はないけど、まぁ、たぶん因果関係があるんじゃないか。」というような いい加減な論理が、まかり通っているのである。 少なからぬ臨床医は「しかし厳密に因果関係を示すのは大変だから、臨床的には仕方ないだろう。」などと弁明する。 厚顔無恥とは、このことである。あなた方は一体、何のために医学を修めたのか。 論理を放棄して「なんとなく」で診療するなら、呪術や祈祷によって病を治した古代の医術者と変わらない。無責任である。

なぜ、「コンプライアンス不良が再燃を引き起こすという証拠はない」と明言しないのか。 そのように明言した上での臨床的判断として、コンプライアンスを高めるための工夫をすることは悪くない。 昨今のいわゆる「エビデンス」重視の風潮のために、「統計的エビデンスがないものはダメだ」というような不適切な認識が広まっているように思われる。 特に、医学を修めていない藪医者こそ、統計的エビデンスなどという砂上の楼閣に頼りがちなのではないか。


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