これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/09/16 肺胞再生上皮細胞は II 型肺胞上皮細胞なのか

典型的には急性間質性肺炎 (Acute Interstitial Pneumonia; AIP) などでみられる肺胞再生上皮細胞は、慣習的に、II 型肺胞上皮細胞と呼ばれる。 しかし、これは本当に II 型上皮なのか、という疑問について 9 月 2 日に書いた。本日は、その続きを書く。

いわゆる「II 型肺胞上皮細胞の反応性過形成」を巡っては、D. Grotte らの 1990 年のレビュー (Diagn. Cytopathol., 6, 317-322 (1990).) が 有名なようである。 このレビューでは、この過形成細胞が II 型であると判断する根拠については明記されておらず、 超微細構造的に、つまり電子顕微鏡所見から、II 型のようである、とのみ述べ、 Katzenstein AA, Surgical Pathology of Non-Neoplastic Lung Disease, (1982). を参考文献に挙げている。 なお、これは間質性肺炎の病理の第一人者である Anna-Luise Katzenstein が書いた有名な教科書の初版である。 最新版は 2006 年に出版された第 4 版であるが、既に絶版となっており、私は 6 年生の頃に英国経由で入手した。 幸い北陸医大の図書館には同書の初版が所蔵されているので閲覧したところ、 通常の II 型肺胞上皮細胞でみられる lamellar body は減少しているが、微絨毛が豊富であり、II 型肺胞上皮であるといえる、などと書かれている。 よくよく考えると、これは「I 型よりは II 型に近い」と言っているだけであって、I 型でも II 型でもない別種の細胞である可能性は否定されていない。

この点について Katzenstein の教科書の第 4 版では、免疫組織化学および電子顕微鏡所見から、II 型肺胞上皮またはその前駆細胞のようである、と述べている。 その根拠として挙げられているのは防衛医大の Sugiyama らの報告 (Mod. Pathol., 6, 242-248 (1993).) であり、 そこでは肺胞再生上皮細胞がサーファクタントを産生することなどが報告されている。 ただし、全例でサーファクタントを産生しているわけではなく、また、通常の II 型肺胞上皮細胞では発現していない表面抗原もみられるようである。 そのことを考えると、これは再生上皮細胞が II 型であると判断する根拠としては、不充分であると言わざるを得ない。

このように、肺胞再生上皮細胞は、I 型というよりは II 型に近い細胞のようではあるものの、 II 型肺胞上皮細胞である、とまで言ってしまうのは、あまり適切ではないように思われる。 これについて Katzenstein がどう考えているかは、よくわからない。 ただし、今年になって出版された、上述の教科書の改訂版ともいうべき位置付けの Katzenstein AA, Diagnostic Atlas of Non-Neoplastic Lung Disease, (2016). には、この再生上皮細胞の正体について「II 型肺胞上皮である」というような記述がみあたらない。 ひょっとすると Katzenstein も、これが II 型であるかどうかについて疑問視しているのかもしれぬ。

実際のところ、肺胞上皮細胞傷害に続発して II 型肺胞上皮細胞が増殖する、と考えるのは理論的に不自然である。 これは、Katzenstein の「Atlas」のように、単に「再生上皮細胞」とするか、強いていうならば「III 型肺胞上皮細胞」などと呼ぶのが適切であるように思われる。

2016.09.17 語句修正

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