これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/09/12 お気持ち

退院する患者が、スタッフ宛に菓子折などを持ってくる例があって閉口する、という話は、6 月に書いた

過日、某診療科で長くお付き合いした患者が退院した。 お付き合い、といっても、私はヘッポコ研修医であるから、話をじっくり聴くぐらいのことしか、していない。 その人は、いささか標準的でない診療経過をたどってしまったために、入院中、やるせない思いを募らせていた。 当然、鬱憤もたまったであろうが、それを家族や看護師にぶつけるのは憚られたようである。 それを受け止めるのは、形だけとはいえ「医師」の肩書を持っている私の仕事であろう、と判断した。

結果的に、私は、その人の重荷を少しだけ軽くすることができたようである。 退院後に外来受診した際、既に別の部門に異動していた私の所に、わざわざ面会にいらっしゃった。 その際に、心の込もったお手紙も頂戴し、たいへん励みになった。 しかし困ったことに、そのお手紙には、ちょっとした「お気持ち」が添えられていた。

お手紙は、たいへん嬉しいものであるが、職業倫理からいって「お気持ち」を受領するわけにはいかぬ。 とはいえ、書留などで送り返すのは非礼にあたるし、気分も害されるであろう。 どうしたものか、と困った末に、某教授に相談することにした。 すると教授が言うには、手紙に添えるという手法は、医師側に断わらせないためのテクニックとして、割とありふれているらしい。 教授は、受け取らず、かつ、つき返すこともしない解決策として、病院への寄付として扱ってはどうか、と述べた。 なるほど、と思った私は、本人から電話で同意を得た上で、そのように手続きをとった。

ただし、一つだけ、問題があった。 寄付として扱うためには、その旨の書類を北陸医大 (仮) に対して提出しなければならない。 これは匿名ではできず、寄付者の記名と捺印が必要だというのである。 理屈としては、その患者に書類を書いてもらうのが一番、正式なのではあるが、いくら何でも、そのように手を煩わせるのは心苦しい。 かといって、他人が勝手に印を捺すのは、社会的にはいささか不適切で、最大限の悪意をもってみれば有印私文書偽造といえなくもない。 結局、その点は卒後臨床研修センターの事務員の方がウマく処理してくれたので助かったのだが、詳細は書かない。

この日記の読者は、患者よりは、むしろ医療従事者が多いであろうが、一応、書いておこう。 お手紙は嬉しいが、「お気持ち」を医師個人に渡すのは、正直なところ困惑するので控えていただけると助かる。 我々は病院職員として仕事をしているだけであるし、それに対する報酬は、キチンと病院から受け取っているのである。 それでも何か、どうしても、というのであれば、病院に対して寄付していただければ、未来の患者のために役立てることができる。


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