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2016/09/08 溶血性尿毒症症候群と血栓性血小板減少症

K. Kaushansky et al., Williams Hematology, 9th Ed., (2016). によると、 溶血性尿毒症症候群 (Hemolytic Uremic Syndrome; HUS) と血栓性血小板減少症 (Thrombotic ThrombocytoPenia; TTP) は、似ているようで、全く異なる病態のようである。 TTP には先天性のものと後天性のものがあるが、ここでは後天性のものだけを議論する。 私は、このあたりの疾患概念について不勉強であったので、両者の相違について明確な認識を持っていなかったが、過日、これを勉強する機会があったので、記録しておく。 もちろん、血液疾患をよく勉強した医科学生にとっては常識的な内容ばかりであろうが、それだけキチンと勉強している学生は多くないであろう。

まず、血液学の入門書である MEDSi 『ハーバード大学テキスト 血液疾患の病態生理』では、次のような説明がなされている。 TTP は、基本的には ADAMTS13 蛋白質に対する自己抗体の出現によって血栓形成傾向を引き起こす疾患である。 ADAMTS13 は「非常に大きな von Willebrand Factor (vWF) を正常のサイズに切断するプロテアーゼ」である。 これが機能を失うことで異常に大きな vWF が形成され、これが「非常に粘着性の強い分子糊として血小板を血管内皮に粘着させる」と考えられる。 これに対して HUS は補体の異常活性化によるものであり、血管内皮細胞傷害などのために血栓形成傾向を来す。 さらに「成人症例では HUS と TTP には連続性がある」ために「血漿 ADAMTS13 タンパク分解酵素を測定しても, 血漿交換療法の有用性を予測できない.」などとしているが、 この「連続性」の詳細については記載がない。 この TTP や HUS を巡る記述は、同書の中でも珍しく、表現が曖昧で、歯切れが悪い。

一方「Williams」では、「ハーバード大学テキスト」とは異なる説明をしている。 そもそも vWF はコーラゲンと血小板を架橋する分子であるが、血小板と結合する A1 ドメインと、コラーゲンと結合する A3 ドメインの間には A2 ドメインと呼ばれる部分がある。ADAMTS13 は、この A2 ドメインで vWF を切断する酵素である。 基本的には A2 ドメインは隠れているが、vWF が血小板と結合した場合には A2 が露出して ADAMTS13 の標的となり、結果、血小板がコラーゲンに接着しなくなる。 このことからわかるように、vWF の巨大マルチマー形成は、ADAMTS13 の不活性化の結果ではあるが、血小板のコラーゲンへの接着亢進の直接的な原因ではない。 だいたい、vWF は血小板を「コラーゲン」に接着させるのであって「血管内皮」に接着させるわけではなく、その意味でも「ハーバード」の記述は不正確である。

さらに「Williams」は、TTP と HUS を完全に別の病態である、としている。 たぶん、ハーバードの「連続性がある」という記述は、両者の臨床像がしばしば似ていることに加えて、 成人症例に限れば両者ともに血漿交換療法が奏効することから生じたものであろう。 しかし「Williams」によれば、TTP における血漿交換療法は抗 ADAMTS13 抗体の除去を目的とするのに対し、 HUS では補体の欠乏を補正し、抗補体自己抗体を除去することを目的とする、としている。 ここでいう補体とは、H 因子などの、補体カスケードを抑制する因子のことである。 HUS の原因は、こうした因子の遺伝的変異や自己抗体による抑制などによる、補体系の調節障害であると推定される。

論理の整合性からいって、「Williams」の説明の方が「ハーバード」よりも優れており、矛盾がない。 もっとも、「ハーバード」の原書が出版されたのは 2011 年であり、「Williams」は 2016 年であるから、両者を比較するのは公平ではないだろう。 「ハーバード」の原書である Bunn HF et al., Pathophysiology of Blood Disorders は、第 2 版が今年の末に出版されるようなので、 そこでは記述が改められているであろう。

2016.09.08 一部追記

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