これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/09/07 コカインとヘロインについて

詳しいことはよく知らないのだが、快楽目的に不適切に使われる薬物としては、アンフェタミンなどの覚醒剤と、モルヒネなどのオピオイドが典型的である。 最近、一部で流行している、いわゆる脱法ハーブも、大抵、このどちらかに該当する。

コカインというのは、中南米などを産地とするコカの葉から抽出される物質であって、作用は部分的にアンフェタミン類に似ている。 アンフェタミン類は、シナプス小胞からのノルアドレナリン分泌を促すとともに、シナプス前ニューロンへのノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで 交感神経刺激作用を発揮する。 上條吉人『臨床中毒学』によれば、コカインはアンフェタミンと同様のノルアドレナリン再取り込み阻害作用を有する他、リドカインと同様の ナトリウムチャネル阻害作用を有するため、局所麻酔効果に優れており、日本でも臨床医療で使用されることがある。

一方、ヘロインは、ケシの実から抽出されるモルヒネから作られるジアセチルモルヒネである。もちろん、麻薬である。 なお、余談であるがメチルモルヒネ、つまりコデインは、日本の法令では麻薬ではないことになっている。 さて、『臨床中毒学』によれば、ヘロインの作用機序はモルヒネと同様であるが、脂溶性が高いため中枢神経系への移行性に優れ、従ってモルヒネより力価が高いのだという。 分布容積もモルヒネの 2-5 L/kg に対してヘロインは 25 L/kg と高い。 血中半減期はモルヒネの 1-7 時間に対して、ヘロインは 2-6 分、とされている。 ただし、これは、あまり正確な記述ではない。 というのも、「半減期」という概念が前提としている単一コンパートメントモデルは、ヘロインの臨床的な薬物動態を説明するには不適切だからである。 換言すれば、複数のコンパートメントを考える場合には、「半減期」を定義することはできない。 この点に関しては、ヘロインと同様に高い脂質親和性を持つ薬物であるプロポフォールを巡って、6 月 21 日に書いた。

こうした薬物動態の繊細な問題については、学生向けの薬理学の教科書では、あまり議論されていないようである。 これは日本に限ったことではなく、薬理学の名著である Golan DE, Principles of Pharmacology, 4th Ed., (2017). でも、詳しくは述べられていない。 ただし、名古屋大学の薬理学の講義では、このあたりの問題も含めた素晴らしい議論が行われていたと記憶している。 なお、こうした問題は麻酔科学では臨床的に重要であり、Miller RD, Miller's Anesthesia, 8th Ed., (2015). では次のように述べられている。

...although of interest to many clinicians, the conventional pharmacokinetic term half-life has limited meaning to anesthetic practice since the clinical behavior of drugs used in anesthesia is not well described by half-life.

少なからぬ臨床医は、普通の薬物動態学で使われる「半減期」というものに興味を持つようであるが、この語は、臨床麻酔においてはあまり意味がない。 というのも、麻酔に用いられる多くの薬物については、その動態を半減期によって簡略に説明することができないからである。

2016.09.08 語句修正

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