これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
他の多くの病院と同様に、北陸医大 (仮) では、しばしば、製薬会社の MR による薬剤情報提供会が行われる。 「情報提供」とは、わかりやすい言葉でいえば「宣伝」という意味である。 この薬剤情報提供会では、大抵、その薬剤についての豪華なパンフレットが配布され、15 分程度で簡潔に製品紹介が行われるだけでなく、基本的には高価な弁当が提供される。 もちろん、このパンフレット代や弁当代は、根本的には薬価、つまり患者や国民の経済的負担から捻出されている。 このあたりを巡る倫理的な観点からの批判は過去に何度も書いているから、ここでは繰り返さない。
本日の話題は、このパンフレットの中身である。 大抵、パンフレットには臨床試験の統計データを示して、その薬の有効性をアピールするような内容が記載されている。 素人が一見しただけでは、まるで、その薬が画期的で著しい効果を発揮しそうな印象を与える図表が掲載されていることが多い。 ところが、よく読むと、それらの試験はマヤカシのようなものであることが多いのである。
たとえば、薬の効果について評価方法が「症状が軽快したかどうかについての、患者の主観的判断」であるにもかかわらず、 試験の設計として盲検化が行われていない例をみたことがある。 投薬の目的などによっては、効果判定の基準として患者の主観を採用すること自体は、不適切とはいえない。 しかし「患者の主観」にはプラセボ効果が著しく影響するから、その場合、盲検化しなければ、医学的に意味のあるデータにはならない。 それにもかかわらず一部の自称研究者は、非盲検で試験を実施した「論文」を発表しているのが現実である。 そうした「研究」を行う者も、その「論文」を引用する製薬会社も、医学的誠実さを喪い、医療倫理を放棄していると言わざるを得ない。
何より腹立たしいのは、そうした欺瞞に満ちたパンフレットを、素人のみならず、専門家たる医師に対して提示するフテブテしさである。 その程度の詐術を、我々が見抜けないとでも思っているのか。 それほどまでに、我々は侮られているのか。
ほとんどの大学の医学科では、確率論や統計学をキチンと教えていないようである。 学生や研修医に対して、論文を読んで勉強することを推奨する一方で、論文をキチンと読むために必要な統計学を教えていないのだから、トンチンカンな話である。 その結果として、論文の内容を批判的に吟味することができず、著者の主張を鵜呑みにしてしまう例が存在するようである。 ひょっとすると製薬会社の連中は、そうした医師の蒙昧さにつけ込もうとしているのかもしれぬ。