これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
肺は、嚢状の構造である肺胞と、それに続く気管支から成る構造物である。肺胞内腔表面は、組織学的には、単層の肺胞上皮細胞に覆われている。 肺胞上皮細胞は、扁平な I 型肺胞上皮細胞と、立方状でサーファクタントの産生などを担う II 型肺胞上皮細胞に分類される。 ここまでは、組織学を修めた医科学生にとっては常識である。
肺炎などに際しては、この肺胞上皮細胞も炎症性の傷害を受けるが、ふつう、組織幹細胞などの働きによって再生する。 この再生過程においては、核が大きく、クロマチンが豊富な、つまり異型を示す立方状の細胞が高頻度にみられる。 これは「反応性 II 型肺胞上皮 (reactive type II pnneumocyte)」などと呼ばれるものであるが、細胞診では腫瘍細胞と誤診されることがある。 これについては、河原邦光が書いた日本語のレビュー (岡山県臨床細胞学会誌, 34, 7-11 (2015).) が読みやすい。
さて、ある時、どういう話の流れであったか記憶にないが、北陸医大 (仮) の病理学教授と話していた時、 ある肺の組織像を示して教授は「II 型肺胞上皮だね」と言った。 その時、私は不勉強で、炎症に際して II 型肺胞上皮細胞が過形成するという話を知らなかったから、すかさず 「確かに形態的には II 型肺胞上皮にみえますが、機能的にも II 型なのでしょうか」と質問した。 つまり、たとえば I 型肺胞上皮細胞が立方状に形だけを変えたものではなく、本当に、サーファクタント産生などの II 型肺胞上皮としての 機能を備えた細胞なのだろうか、という疑問を口にしたのである。 これに対して教授は「それは、わからないね」と答えた。
私は細胞診の教科書は持っていないので、さっそく Cibas ES,Ducatman BS, `Cytology: Diagnostic Principles and Clinical Correlates', 4th Ed., (2014). を注文するとともに、 少しばかりの文献検索を行った。 話は逸れるが、この細胞診の教科書を注文する際、たまたま Anna-Luise Katzenstein 教授の新しい教科書 (`Diagnostic Atlas of Non-Neoplastic Lung Disease: A Practical Guide for Surgical Pathologists') が出ているのを発見したので、これも購入することにした。 私は、彼女のファンなのである。
さて、反応性 II 型肺胞上皮の過形成については、米国の M. W. Stanley らをはじめとして、多くの報告がなされている。 しかし、これが本当に II 型肺胞上皮なのかどうかを直接的に検討した文献は、あまり多くない。 大抵、D. Grotte や Stanley らによる 1990 年の報告 (Diagn. Cytopathol., 6, 317-322 (1990).) で使われた判定基準に準拠しているようである。 あいにく、この報告は北陸医大には所蔵されていないため取り寄せ依頼中であり、まだ私は内容を確認していない。
どうも、この状況は、胡散臭い。 この過形成している細胞が II 型肺胞上皮だという根拠は、ひょっとすると、薄弱なのではないか。 炎症が II 型肺胞上皮の増生を促す、というのは、私には、あまり合理的な生体反応であるようには思われない。 Grotte らの報告を確認した後に、あらためて、この日記に記載することにしよう。