これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/08/22 マクシミリアン・ロベスピエール

私は、自宅から北陸医大 (仮) 附属病院まで、バスで通勤している。片道、だいたい 20 分程度である。 夜遅くなったり翌朝早い場合には病院に泊まり込むこともあるし、また車中で居眠りしていることもあるが、 それ以外の場合、基本的にバスの中では医学とは関係のない小説などを読むことにしている。

4 月から読み続けていた佐藤賢一『小説 フランス革命』を、昨日の帰りのバスで、ようやく読み終えた。 集英社文庫版、全 18 冊である。 これは、タイトルの通り、フランス革命を題材にした歴史小説である。 この小説では、革命初期に活躍したミラボーが高く評価されている一方、革命後半に台頭したマクシミリアン・ロベスピエールは、 理想ばかり掲げて現実がみえない小人物として描かれている。 これは、同じくフランス革命を題材にした初心者向けの読み物である安達正勝『物語 フランス革命』(中公新書) においてロベスピエールが高く評価されているのと対照的である。

フランス革命期に活躍した人々の中で、私が最も好きなのは、このロベスピエールである。 この人物は「腐敗し得ない男」などと呼ばれ、理想を掲げ、最後まで理想を唱え続けた。 なお、彼は生涯独身であっただけでなく、人生を通して一度も女性と親密な関係を結ばなかったのではないかと言われており、その点において一部の層に人気があるらしい。 さて、『物語 フランス革命』では、憲法制定国民議会におけるロベスピエールの初めての演説を、次のように評している。

立憲国民議会でのロベスピエールの演説態度は自信あふれる堂々たるものだったが、内容が先進的すぎてあまり多くの賛同を得られなかった。 それでも、ミラボーは「彼はかなりの人間になるだろう。なにしろ、自分が言っていることを全部信じているからな」と将来性を見越していた。

そして、その後のロベスピエールの活躍について、安達は次のように述べている。

革命前は人権無視、不平等、不公正が堂々と罷り通っていた。 ロベスピエールは、この地上に正義の社会を建設しようという思いで革命に飛び込み、理想一筋に生きてきた男と言ってよい。 ロベスピエールのように理想一筋に生きる人間が国のトップに立てる時代は、歴史上、そうめったにあるものではない。 フランス革命というのは、やはり希有にして貴重な時代だったと私は思う。

ロベスピエールは、理想を掲げ、決して腐敗しない男であったが、周囲の人々は、必ずしもそうではなかった。 結局、理想と現実の乖離のために、ロベスピエールは、やむなく反革命分子を積極的に処刑する、いわゆる恐怖政治を導入せざるを得なくなったのである。 そして恐怖に駆られた人々が起こした、いわゆるテルミドールのクーデターにより、ロベスピエール自身も逮捕・処刑されてしまったのである。 この時、ロベスピエールには武力によって議会を鎮圧する機会もあったのだが、それは不法である、という理由で、従容として処刑を受け入れた。

現代日本人の多数派には、ロベスピエールは、現実と理想の折り合いをつけられない堅物、小人物、というような、佐藤の描いた像の方が受け入れられやすいかもしれぬ。 しかし私は、むしろ最後まで理想を唱え続けたロベスピエールこそ、フランス革命期最大の英雄と称されるべきであると思う。

理想と現実が乖離している時、理想を曲げるのではなく、現実と衝突してでも理想を押し通す勇気を、持ち続けたい。


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