これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/08/15 胆汁返還

8 月 16 日に補足記事がある。

「閉塞性黄疸」とは、何らかの事情で胆道が狭窄ないし閉塞し、胆汁排泄に障害を来したことにより生じる黄疸のことをいう。 こうした名称自体はあまり重要ではないのだが、知らないと一部の外科医などから馬鹿にされる恐れがある。 もちろん、私は学生時代、こうした分類や名称をあまり記憶しなかったし、そのことを後悔も反省もしていない。

さて、閉塞性黄疸に対しては、黄疸の軽減目的に胆管ドレナージを行うことがある。 ドレナージというのは、水を排出させる、という意味であって、この場合、胆管にチューブを留置して、鬱滞した胆汁を取り除くことである。 これは、内視鏡を用いて経鼻的に行うこともあるが、経皮経肝的に行うことの方が多い。 世の中には、こうして排出させた胆汁を、経口的に、あるいは胃管などを用いて、患者に飲ませることがある。これを胆汁返還などと呼ぶ。 どうやら、これは名古屋大学などで盛んに行われている手法であり、世界的には標準ではないようで、 消化器学の名著である D. K. Podolsky et al, Yamada's Textbook of Gastroenterology, 6th Ed. には記載がみあたらない。

名古屋大学の二村教授による 1999 年の記述 (日消外会誌, 32, 886-90 (1999).) では、この胆汁返還の主たる目的を「肝再生機能を促進させるため」としている。 胆汁を飲むと肝臓が再生する、などというのは、いささか奇妙な話である。 二村の主張の根拠は、胆道を人為的に閉塞させたラットにおいて、胆汁を体外に排出させるよりも十二指腸内に排泄した方が、肝細胞の分裂が盛んであった、というものである (Hepatology, 20, 1318-1322 (1994).)。 この肝再生の機序について二村は、胆汁中に含まれる肝細胞増殖因子 (Hepatocyte Growth Factor; HGF) の作用によるものと推定したようである (Hepatology, 26, 1092-1099 (1997).)。 しかし、この論理は不自然である。HGF はポリペプチドであるから、これを経口摂取したからといって、活性を保ったまま吸収されて肝細胞に作用するとは考えにくい。 むしろ肝細胞の分裂速度の差異は、胆汁中の栄養素が体外に失われるかどうかによって生じたものと考える方が合理的であろう。

同じく名古屋大学第一外科の菅原らの報告 (臨床外科, 62, 793-797 (2007).) では、 胆汁返還によって、胆汁中の胆汁酸の濃度などに有意な増加がみられた、としている。 しかし、この報告では胆汁返還前と胆汁返還後を比較しているのであって、統計処理としては適切とはいえない。 いうまでもなく、通常ならば、胆汁返還を行った患者と行っていない患者とで比較するべきなのである。 それを、敢えて胆汁返還前後の比較としたのは、たぶん、学術的ではない、諸般の社会的事情によるものであろう。 率直にいえば、あまり名古屋大学らしくない。

さて、閉塞性黄疸において胆汁返還を行うと、胆汁中のビリルビンを体内に戻すことになる。 これは、黄疸の軽減という目的からすれば、あまり好ましくないようにも思われる。 むしろ、適切な栄養管理を行った上で、胆汁は廃棄した方が入院期間も短縮でき、よろしいのではないか。


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