これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
私は、学生時代にあまり救急医学や整形外科学をキチンと勉強しなかったので、骨盤骨折についても「大量出血のリスクが高い」という程度にしか知らなかった。 過日、機会があって少しだけ勉強したので、まとめておこう。 なお、この記事を記すにあたっては、標題にも掲げた `Webb A et al., Oxford Textbook of Critical Care, 2nd Ed., (2016).' を参考にした。 タイトルからわかるように、これは英国オックスフォード大学から出版された教科書である。 私は、英語の辞書類にはオックスフォードのものを使っているが、医学の教科書はむしろ米国ハーバード大学のファンである。 救急医学に限ってオックスフォードのものを購入したことには、深い意味はない。
さて、骨盤骨折のうち、救急医学的に緊急性が高いのは骨盤輪骨折である。 これは、2 つの寛骨と仙骨、および 2 つの仙腸関節と恥骨結合で形成される骨盤輪が、その連続性を失うような骨折のことである。 骨盤輪骨折による出血は、90 % 程度の例で静脈性の出血である。 この血液は後腹膜に貯留し、やがて凝固して止血に至るまでに、だいたい 2.0-2.5 L 程度の出血を来すとされる。
英国では、この凝固を妨げないことを優先する治療戦略が広く推奨されているらしい。 詳しくは Brit. Med. J., 345, e5752 (2012). などのレビューを参照されると良い。 この治療戦略では、形成されつつある凝血塊を損なわないよう、患者の絶対安静を保つことが重要である。 そしてもう一つ重要なのが、橈骨動脈を触知できる程度の血圧があるならば晶質液輸液を行わない、ということである。 というのも、循環血液量が増えると出血量も多くなるため、凝血塊が損われる恐れがあるからである。 輸液するならば、晶質液ではなく、専ら赤血球、血小板、新鮮凍結血漿の輸血を行うことで、凝固能を保つことが重要とされる。 これに加えて、抗プラスミン薬であるトラネクサム酸の投与も有効であると考えられている。
こうした治療戦略については、必ずしも世界的な合意があるわけではなく、実際、日本では晶質液や膠質液の大量輸液を支持する意見も少なくない。 特に、この膠質液を投与するという発想については、以前にも書いたが、 不適切なスターリングの法則に基づくものであり、キチンとした理論的根拠がない。 Oxford Textbook of Critical Care では、膠質液輸液は利点が乏しい一方で腎傷害などを来すリスクが高く、有効性は疑わしい、としている。
この Oxford の教科書は、救急医学をキチンと学問として修めたい学生や研修医には、オススメである。