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甲状腺機能、という言葉は、非常に漠然としていて、意味がよくわからない。 というのも、甲状腺が産生する甲状腺ホルモンは、多くの臓器において、多様な作用を発揮するからである。 だから、甲状腺機能低下症、という言葉の意味も、よくわからない。 この点について、内分泌学の名著である J. L. Jameson et al., `Endocrinology Adult and Pediatric', 7th Ed. では、 甲状腺機能低下症 hypothyroidism という語の意味を「甲状腺における甲状腺ホルモン産生の低下」としている。 つまり、甲状腺ホルモンの作用については考えないことにしよう、と言っているのである。
さて、甲状腺機能低下症で低ナトリウム血症を来すことがある、というのは、一部では有名な話である。 しかし、その機序については、よく知られていない。
甲状腺ホルモンは、心筋に作用して収縮力を低下させる一方、血管内皮細胞や血管平滑筋に作用して血管透過性を亢進させる。 その結果として、糸球体瀘過量は減少するし、またアルブミンの血管外への漏出を促す。 しかし、これは浮腫や血清ナトリウム濃度とは、基本的に関係ない。
また、甲状腺ホルモンは、繊維芽細胞に作用してコラーゲンやグリコサミノグリカンの産生を増加させるようである。 これは甲状腺刺激ホルモンの作用ではないか、とする意見も一部にはあるようだが、J. Physiol. Pharmacol., 60, 57-62 (2009). によれば、少なくとも心臓においては、甲状腺刺激ホルモンではなく甲状腺ホルモンの作用のようである。 いずれにしても、これは間質浮腫には関係するが、血清ナトリウム濃度とは直接関係しない。
上述の `Endocrinology Adult and Pediatric' では、低ナトリウム血症の原因は、腎臓におけるアクアポリンの発現亢進によるものであろう、としている。 ただし、このアクアポリンの発現にバソプレシンが関与するのかどうか、という点については議論が錯綜しているようである。 そもそも、甲状腺機能低下症において血清バソプレシン濃度は高くなるのか低くなるのか、という点ですら意見が分かれているらしい。 何やら面白そうな話なので、いずれ、整理してみようと思う。