これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
社会一般に言えることだと思うのだが、学生時代に学んだ「原則」と、実際の社会の動きとの間には、かなりの乖離がある。 医療の場合でいえば、感染防護策としてマスク着用を徹底すべし、とか、患者のプライバシーに配慮せよ、とかいうようなことを学生時代には教わるが、 いざ病院の現場に行くと、それらは必ずしも徹底されていない。 私は意志薄弱であるから、ついつい、そうした現場の不適切な慣習に流されてしまうが、それは、よろしくない。
病院や部署によっては、いわゆるインシデントや、患者からの苦情などについて、ノートなどにまとめて情報共有している例も少なくない。 こうしたノートをみると、もちろん、患者からの理不尽な言いがかりもあるが、至極もっともな意見も多い。 たとえば「採血の際に看護師がマスクをしていないのは不衛生ではないか」という意見に対しては、 保守的な勢力からは「絶対にマスクが必要とまではいえない」という返事もあるかもしれないが、 私は「マスクを着用する方が望ましいし、着用しない理由がないのだから、着用するべきである」と考える。 こういう点は、現場の責任者がマスクを着用しているかどうかによって他の者の行動も左右されやすいので、上に立つ者は注意が必要である。
抗癌化学療法を受けている患者からの「化学療法の点滴を受ける旨を、他の患者に聞こえるような状況で言わないでほしい」というような苦情もある。 これも、まったく、その通りであって、実務上の必要から患者本人に問うにしても、単に「点滴」と言うなどして、他人にはそれとわからないような形にするべきである。 そして極めて重要なのが患者の本人確認である。 喋れないような人は別として、患者取り違え防止のために、検査や処置の際には本人に名乗ってもらうのが原則である。 ところが、しばしば、これは省略されてしまう。私も、省略してしまったことが何度もある。 しかし、これは重大な事故の元になるから、面倒でも、イチイチ本人に名乗らせねばならぬ。 実際、私は、軽微ではあるものの、患者を勘違いしたことに起因するインシデントを起こしたことがある。
たぶん、これを読んだ学生の中には、「コイツは、一体、なぜ、こんな当然のことをイチイチ書いているのか」などと不思議に思う者も多いであろう。 それで良い。これは、学生時代に教わった「原則」の方が正しいのであって、現場で横行している慣習の方が間違っているのである。 それを、「実務上、仕方ないのだ」などと言い訳し始めたら、医療の質と安全は、一挙に失われてしまう。