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2016/12/21 細胞を分類することについて

たぶん、わかっている人にとっては、当然のことなのであろう。 細胞を分類する、ということについてである。

我々は、だいたい医学部一年生か二年生の頃に、生理学とか組織学とかを学び、そこで様々な「種類」の細胞について学ぶ。 キチンと勉強した学生であれば、繊維芽細胞、脂肪細胞、平滑筋細胞、骨格筋細胞、重層扁平上皮、繊毛上皮、血管内皮細胞、などと聞けば、 それぞれの形態や機能について、次々と思い浮かぶことであろう。 しかし、冷静に考えると、一体、何をもって我々は、それらを「同種の細胞」と呼んでいるのだろうか。 教科書的には「類似の形態や機能を持つ細胞を、便宜上、まとめて同種の細胞とする」というようなことになるだろう。 問題は、何をもって「類似」と呼ぶのか、ということである。

「類似」の定義が困難なことで有名なのが脂肪細胞である。 「脂肪細胞」を定義しようとすれば、「豊富な細胞質に脂質滴を蓄えており、辺縁に偏在した核を持つ細胞」とでもするのが妥当であろう。 この定義を満足する細胞は、全身の随所に存在する。 脂肪細胞は、単なる脂質貯蔵庫ではなく、どうやら内分泌細胞としての働きも重要であるらしい。 そして、その内分泌細胞としての性状は画一ではなく、臓器毎、あるいは組織毎、ひょっとすると個々の細胞毎に、異なるようである。 すなわち、「脂肪細胞」というのは、極めて多彩な細胞群の総称なのであって、単に形態的特徴が似ているから、同一用語でまとめられているに過ぎない。

別の例を挙げれば、重層扁平上皮組織、あるいはその基底細胞層を成す細胞についても同様のことがいえる。 ひとくちに「基底細胞」などと言っても、顔面の皮膚の基底細胞と、腋窩の皮膚基底細胞と、足底の皮膚の基底細胞では、その細胞としての性状は異なるはずである。 あるいは、最近流行の言い方をすれば、遺伝子発現プロファイルが異なるはずである。 もちろん、ある種の統計学的詐術を用いれば、これらの細胞が同一のプロファイルを持っているかのようにみせかけることはできるが、我々は、騙されない。

さらに細かいことをいえば、同じ空腸上皮細胞であっても、ある陰窩のパネート細胞と、隣の陰窩のパネート細胞では、 遺伝子発現プロファイルが全く同一であるとは思われない。 そうしてみると、この二つのパネート細胞を同一の種類の細胞であるとすることには疑いの余地がない、とまでは言えない。 究極的には、我々の体内には、全く同一種類の細胞などは二つとして存在しない、と言ってもよかろう。

もちろん、それでは議論が進まない。 誰であったか忘れたが、「正しく分類できる者は、賢者と呼ばれる」というようなことを言った人がいたように思う。 分類するということは、物事の本質を捉えるために必要な行為である、という気持ちの込もった表現である。

要するに、分類すること、二つの細胞を同種とみなすことは、物事の本質を理解するための便宜上の手段に過ぎない。 それを、まるで天与の法則として「同種の細胞」などというものが存在すると勘違いしては、なるまい。 このことは、特に、細胞を使った医学研究をしたり、あるいは腫瘍について深く理解しようとした際に、問題となる。 「分類」ということについては、同じようなことを 6 年生の終わり頃に書いたのだが、その時には細胞の分類にまでは私の思慮が及んでいなかった。

2016.12.22 誤字修正、語句修正

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