これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/12/30 臨床教育

教育をキチンとできる医師は、多くない。 初期臨床研修医に対しても、単に「これをやれ」とだけ命じて放置する指導医は稀ではない。 もちろん、「やれ」と言われても、どうやれば良いのかわからない研修医は、困る。 指導医としては「わからないなら、訊け」というつもりなのかもしれないが、必ずしも訊きやすい空気が流れているわけではないから、我々は、途方に暮れるのである。

やり方を教えて、同じようにやらせることは、易しい。 「わからないなら、訊け」というのも、指導する側としては楽である。 たぶん彼ら自身が、そういう「教育」を受けてきたのであろう。 ただ、それで本当に優秀な人材が、育つのだろうか。

学生時代に、名古屋大学で初期研修を受けた中堅医師から聞いた話を、二つ、紹介しよう。

その人が研修医であった時、感染症疑いと判断された担当患者について、指導医から「どんな抗菌薬を、どれだけ投与するか、ゆっくりで構わないから、考えたまえ」と命じられた。 もちろん、その人は抗菌薬など扱い慣れていなかったから、マニュアルや教科書をたくさん調べた。 そして 30 分だか 2 時間だか忘れたが、とにかく長い時間をかけて、ようやく、コレという案をひねり出すことができ、恐る恐る、指導医に報告した。 すると、その指導医は「うん、私も、それが良いと思う」と言い、抗菌薬投与を開始した。

その研修医が、時間さえかければ自力で答えを出すことのできる人物であるということを、指導医は見抜いていたのであろう。 そして、患者への抗菌薬投与が一刻を争う状況ではないと判断した上で、急がなくて良いから、と、やらせたのである。 もし指導医が凡庸であったなら、「こういう時は、この抗菌薬を使うんだよ」などと言って治療を開始し、研修医が自分で考える機会を奪ってしまったであろう。

また、ある時、名古屋大学の研修医が集まって、抗菌薬の使い方についてマニュアルを作ってはどうか、と考えたらしい。 考えただけでなく、実際に、文献をよく調べて、統一的な基準作りを始めた。 ところが作業は難航し、議論は紛糾したらしい。 結局「抗菌薬の選択は、患者毎に臨機応変に決定すべきものであり、マニュアル化するべきではない」との結論に達したという。 こういう、自主的な活動を行うことができる土壌が、かつての名古屋大学には、あったらしい。

さて、北陸医大 (仮) の初期臨床研修において、わずかではあるが、学生に対する教育に関与する機会もある。 はたして、私はマトモな態度で学生に接することができているだろうか。

来月から、病理診断科での研修である。 病理医を志望していない学生に対して、病理診断科での実習を通じて、何を学んでいただくべきであるか。 病理診断の基本、などというものは、一般の学生に教えても、国家試験で点数を少し稼ぐ程度の役にしか立つまい。 むしろ、疾患の本態・本質を考える、という姿勢を修得していただくことにこそ、病理診断科での実習の価値があると考える。

このことを念頭に、学生諸君を迎えることにしよう。

2017.01.02 一部修正

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