これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/11/06 空洞について

医学の分野において、時に曖昧な使い方をされる語に「空洞 cavity」というものがある。 医学書院『医学大辞典』第 2 版では、この語を 「臓器の一部が壊死に陥り壊死物質が排除された後に残った空間をいう。」としていう。 この医学書院の定義は、正確で、病理学的にも合理的であるように思われる。

しかし、この医学書院の定義は、必ずしも一般的なものではない。 Webb WR et al., High-Resolution CT of the Lung, 5th Ed., (2015). では、次のように述べられている。

A cavity is an air-filled space, seen as a lucency within an area of pulmonary consolidation, mass, or nodule.

空洞とは空気を含む空間であって、コンソリデーション、腫瘤、あるいは結節内にみられる X 線透過性の領域をいう。

これだけみると、医学書院の定義を画像所見の観点から述べただけであって、同じ意味であるようにもみえる。 しかし、問題は、その続きである。

A cavity is usually produced by the expulsion or drainage of a necrotic part of the pathologic lesion...

空洞は、通常、病変部に含まれる壊死物質が排出されることによって生じる。

この `usually' という語は、つまり、こうした形成機序は「空洞」という語の定義に含まれない、ということを意味する。 もし、この定義を採用するならば、たとえば間質性肺炎によって、肺嚢胞の壁が肥厚しコンソリデーションを形成した場合も「空洞」である、ということになる。 しかし病理学的には、そうした「壁肥厚を伴う嚢胞」と「壊死物質が排出されて生じた空洞」とを同一の語で表現することが合理的であるとは思われない。 臨床的にも、壁肥厚を伴う嚢胞を、一般的には「空洞」と呼ばないように思われる。

些細といえば些細な点ではあるのだが、言葉の意味、定義は重要である。 明確な定義がなければ、厳密な議論ができず、結果として、本当に論理の通った診療など、できるわけがないからである。


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