これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/11/05 医師の資質

私は北陸医大 (仮) の検査部で、二ヶ月の研修を受けた。 その間、臨床検査を巡るマニアックな勉強や、腹部超音波検査の練習などを行った。 技師がつきっきりで対応してくれるという、極めて贅沢な環境での研修であった。 もちろん「仕事」という意味でいえば、私は検査部の業務を邪魔するばかりで、診療の役には全く立っていない。 たとえば、技師の監督下で私が腹部超音波検査をするより、その技師が直接に検査した方が良いに決まっている。 それなのに、私の訓練だけのために、私が検査を施行したのである。 研修としては理想的な環境であるといえるが、患者の利益は、むしろ損ねるばかりであった。 それでいて給料はシッカリと受け取っているのだから、考え方によってはトンデモナイ話である。 我々は、それだけの恩恵を患者や技師、その他の人々から受けていることを忘れてはならず、将来にわたり、適切な形で社会に還元せねばならない。

さて、検査部で腹部超音波の訓練を受けた、などと言うと、「では、腹部超音波検査をできるようになったか」などと訊かれることがあり、困る。 ここで「いえ、あまりできません」などと言えば、私の研修態度が疑われるだけでなく、 検査部は何を教えていたのか、などと批判の矛先が逸れて、検査部の人々に迷惑をかける恐れがある。

実際のところ、一応、通り一遍の検査は、できないわけではない。 しかし専門の技師の人々の華麗な検査手技を思えば、私ごときが「腹部超音波検査をできます」などとは、とても言えぬ。 そこで私は「『できる』などとは恐れ多くて言えませんが、研修医としては及第点ぐらいなのではないかと思います」などと答えることにしている。

似たようなことは、他の分野においてもいえる。 たとえば私は、一般の医師に比べれば、放射線物理学や統計学、計算機科学などに、かなり長けているといえよう。 しかし工学部の人々のことを思えば「統計学がデキます」などとは、とても言えないし、理学部の人々からすれば、私の統計学などは素人同然であろう。 だから、私は学生時代には「『医学部の中では』デキる方だと思います」というような表現を多用し、卒業してからは「医師の中では」という修飾語を使っている。

実際、医師というのは、広く、浅く、物事を修得するものであろう。 手技は技師に及ばず、学識は基礎科学者に及ばない。 ただ、この「広さ」は、臨床においても研究においても極めて強力な武器になる。 それを思えば、医師にとって最も重要な資質は、興味・関心の幅の広さ、であろう。


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