これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/10/16 レボフロキサシン (1)

レボフロキサシンについての話題である。 これは、抗菌薬の一種であって、細菌の DNA トポイソメラーゼ II, いわゆる DNA ジャイレースの阻害薬である。平たくいえば、DNA 合成阻害薬、ということになる。 Golan DE et al., Principles of Pharmacology, 4th Ed., (2017). によれば、この薬の選択性、つまり細菌には効くがヒトの細胞には効かない理由は、 ヒトと細菌では DNA トポイソメラーゼの形が違うから、とのことである。

レボフロキサシンの投与量としては、一回 500 mg を一日一回、というのが一般的であるが、過去には一回 100 mg を一日三回、という用法が主流だったようである。 この投与量の根拠を巡る議論が、本日の主題である。 というのも、薬剤の投与量をいかにして決定すべきか、ということについて、つい先日まで、私はキチンと勉強したことがなかったからである。

レボフロキサシンの添付文書をみると、この薬は体中の様々な組織への移行性が高い、という内容が、実際の測定値と共に示されている。 たとえば肺組織には、血中濃度の 1.06-9.98 倍である、といった具合である。 一体、どのようにして、肺組織中の薬物濃度などを測定したのだろうか。 以前、北陸医大 (仮) の某教授に対して、そういう疑問を投げかけてみたところ、 教授は「たぶん、手術予定の患者に予め薬剤を投与して、切除した臓器内の薬物濃度を調べたのではないか。」という想像を述べた。

添付文書には根拠文献が示されていなかったので、私は、レボフロキサシン製剤を販売している某社の MR 氏に問い合わせた。 すると、数日してから、氏は同製剤のインタビューフォームの一部を印刷したものを持ってきてくれた。 インタビューフォームというのは、薬剤に関する詳細情報のうち、添付文書には記載されなかった細かな内容をまとめたものである。 実は私は、それまでインタビューフォームをキチンと読んだことがなかったのだが、そこには、キチンと参考文献を挙げて細かなデータまで記載されていた。 それによると、確かに、上述の教授が想像した通りであった。 この方法による組織中の濃度の測定には、いくつかの問題点があるのだが、それについては、ここでは議論しないことにしよう。

杏林大学の藤田らは、患者にレボフロキサシンを一回 100 mg, 一日三回を三日間投与し、 その後に手術中に採取された肺組織をホモジナイズし、さらに遠心沈降して得られた上清中のレボフロキサシン濃度を報告した (Jpn. J. Anitbiot., 52, 661-666 (1999).)。 これによると、血中濃度と肺組織中の薬物濃度比は、患者によらず、概ね一定であった。 しかし肺組織中の濃度自体には個人差が大きく、最も低い患者では 0.17 μg/g, 最も高い患者では 8.08 μg/g, 中央値は 3.55 μg/g であった。 肺炎の原因菌は多様であるが、たとえば 2 μg/mL 程度の濃度のレボフロキサシンに曝されれば治療効果が得られる、としよう。 藤田らの報告では、14 例中 11 例で肺組織中のレボフロキサシン濃度が 2 μg/mg を超えている。 すなわち、この投与方法では、だいたい 8 割ぐらいの患者において有効な治療効果が得られるが、残り 2 割の患者では効きが悪い、ということになる。 もちろん、投与量を増やせば有効率は上がるだろうが、有害事象の頻度も上がることになる。

あたりまえのことではあるが、同じ量の薬を投与しても、血中や組織中の濃度には大きな個人差が生じるのである。 たまたま血中や組織中の濃度が低くなってしまう人であったために「効くはずの抗菌薬が、効かない」という状況に陥った場合には、理屈としては、 投与量を増やせば良い。 従って、本当は、それぞれの患者について血中濃度を測定して投与量を調節するのが望ましいのだが、それには費用がかかるため、現実的には、 多くの薬においては血中濃度の測定は行われない。

レボフロキサシンの投与量については、もう少し述べておきたいことがあるのだが、少しばかり長くなってきたので、続きは後日にしよう。


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