これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
遅い夏季休暇を取得して九州医科大学 (仮) 病理診断科を見学してきた。予定では四日間を九州医大で過ごすつもりであったが、 たまたま四日目は東京で間質性肺炎の勉強会があるとのことなので、教授、医員および私の三人で参加してきた。 なお、この会は「共催」という形で某大手製薬会社が関与しており、会場も、その会社の本社ビルであった。
私は、間質性肺炎には関心があるが、日本における間質性肺炎の専門家性たちがどういう仕事をしているのかは、よく知らなかったので、その意味で勉強にはなった。 しかし印象としては、臨床的な診断と治療にばかり話が集中し、間質性肺炎という謎の疾患の本質、正体に迫ろうという意欲は、乏しいように思われた。 これまでに欧米で提唱され、承認されてきた診断基準に乗るばかりであって、自分達で、より適切な基準や概念を捻り出そうという空気が、全然、感じられないのである。
発言者が誰であったかは知らぬが、「近年では、特発性肺線維症の診断について概ねコンセンサスが成立してきたように思われる。」というような発言まであった。 とんでもない暴論である。「特発性肺線維症」というのは、「通常型間質性肺炎」と呼ばれる、明確な定義の存在しない漠然とした形態学的特徴を有するが、 しかし原因不明である肺疾患を総称するものであって、症候群ですらない。当然、明確な疾患概念など存在せず、診断についてコンセンサスが成立するわけがない。 ただ、皆が付和雷同して盲目的に「診断基準」なるものを適用しているから、なんとなく、皆の合意が得られているかのように錯覚されているに過ぎない。
質疑の時間も、私の印象としては、どうも病理学的本質からは遠く離れた議論ばかりがなされていたように思われた。 ただし、間質性肺炎というよりも膠原病を専門にしているらしい一人の人物は、鋭い指摘を繰り返していた。 彼は、現行の膠原病の診断基準は間違っている、というようなものを含め、かなり野心的な発言を連発していたのである。 遺憾ながら、会場の一部からは失笑も聞こえ、彼の言葉は、ほとんど黙殺された。これが、日本の間質性肺炎の「専門家」の現状である。 残念ながら若手が気軽に発言できるような雰囲気の会ではなかったので私は黙っていたが、彼の主張に対して「おっしゃる通りである」という気持ちを込めて頷きながら聴いていた。 僅かではあるが視線も合ったことだし、たぶん、こちらの思いは伝わったであろう。
ところで、私が訪ねた九州医大の病理学教授は、かつて北陸医大 (仮) で教授をやっていた人物である。 しかし北陸医大の閉鎖的体質に嫌気がさし、九州に移ってノビノビと活動しているようである。 確かに、正直にいえば、現状では北陸医大より九州医大の方が優れた環境であるように思われる。それでも、私が九州医大に移るという選択は、少なくとも当面は、ないであろう。 私は、名古屋大学での四年間で何もできなかった。 また北陸で何もできないままに九州に移るとなっては、おそらく私は、一生、何もできずに終わるであろう。 私が九州に移るとすれば、北陸で何事かを成した後のことである。