これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/10/14 健康診断における PET

九州の某駅で列車を待っているとき、たまたま、健康診断を主に行っているかのような看板を掲げる病院がみえた。PET 診断部、というような看板の建物もあった。もしや、と思い、後ほど確認すると、どうやら、健康診断の一環として PET 検査を施行している病院であるらしい。

この病院のウェブサイトをみると、PET の仕組みなどについて素人向けの説明が書かれているが、内容は、医学的に明らかに間違っているとまではいえない。しかし、極めて重大な事実に触れられておらず、優良誤認を誘う意図が明白であり、怒りが湧き起った。

PET というのは、陽電子を放出する放射性同位元素を用いて、消滅γ線を測定することで病変の検出を行う核医学検査である。最も高頻度に行われるのは FDG-PET であり、詳細は割愛するが、ブドウ糖の取り込みが亢進している病変を検出する目的で施行される。 「ブドウ糖の取り込みが亢進している病変」の代表は悪性腫瘍であるが、通常の炎症性病変も該当する。 重要なのは「PET では、悪性腫瘍と炎症性病変の鑑別は困難である」ということである。

一部の医療従事者は「PET では癌の発見率が高い」というような宣伝をしており、これを信じている素人も少なくないようである。 しかし、この「発見率が高い」というのは、感度を高めるために特異度を犠牲にした場合の話である。つまり本当は炎症性病変であるものを「癌疑い」と判定する例が多いのである。

「それでも癌を見逃すよりは良い」という人もいるだろう。 そういう考え方も、あり得る。 たとえば PET で「陽性」と判定され、確認目的に腹腔鏡手術で生検を行ったが癌ではなかった、というような事例が多発するのを覚悟した上ならば、の話である。 しかし、その心理的、身体的、そして経済的な負担の重さを、本当に理解した上で PET 健診を受けているのか、私には、よくわからない。

放射線医学的には「PET で癌かどうかを診断することは極めて困難である」ということは常識である。PET が威力を発揮するのは、既に癌のあることがわかっている患者について、その転移の程度を検索する場合、などに限られる。 癌かどうかを判定する目的で PET 検査を行っても、ほとんど役に立たないし、保険上も、そういう PET は認められていない。

ただし、この点に関しては、不正な保険請求が横行しているようである。 私の父は、胸部 CT で肺癌を否定できない腫瘤性病変がみられたため、定期的に CT でフォローアップを受けている。彼は、関東地方の某有名私立大学病院で FDG-PET の検査を受けたが、その際、保険が適応されたらしい。 癌かどうかわからない、というよりも、たぶん癌ではないと考えられている患者に対して、どうして、PET が保険適応になるのか。 その大学病院では、不正な保険請求が日常的に行われているものと推定される。 なお、こうした不正請求は、全国的に横行しているわけではない。 少なくとも名古屋大学では、このあたりは厳格な運用がなされていた。

さて、以上のことからわかるように、健康診断で PET を行うなど、馬鹿げているとしか思われない。 それなのに、私は、実際に「PET 検査までやったのに癌を見逃されて・・・」と、医学的にはトンチンカンな不満を述べる患者をみたことがある。悪い医者に騙されたとしか思われない。

遺憾ながら、素人に対し、不正確な説明をして特定の方向に誘導して儲ける医者は少なくない。 しかも患者は、自分が、そうやって食い物にされているという自覚がない。 そして、そのことに憤る医師は少ない。 研修医や医学科生といった若い人々でさえ「本人が納得してるなら、いいんじゃないの」と、悪徳医師の肩を持つ者が多いのである。

彼らのいう「患者を救いたい」というのは、「患者のために行動したい」という意味ではなく、「患者を救ってやったという優越感、満足感に浸りたい」「患者に感謝されたい」という意味であろう。 「患者を助けること」自体ではなく「感謝されること」に喜びを見出す者は多い。 麻酔医や放射線診断医、病理医のような、患者から感謝されることなしに水面下で動き続ける人種は、医師の中でも稀なのである。


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