これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
グラム染色法の原理については 10 月 6 日に書いた。 過日、グラム染色法に対する理解を深める目的で、ちょっとした実験を行ったので、結果をまとめておこう。 実験というのは、つまり、グラム染色法の一部を変更して、敢えて不適切な方法で実施することにより、染色結果がどうなるのか調べる、というものである。
(1) 通常のグラム染色
グラム染色の手順として完全に定まったものはないが、今回は、次の手順で行った。
1) 培養した S. aureus と E. coli をスライドガラス上に塗布して乾燥させる;
2) 火炎固定する;
3) クリスタル紫で染色 (30 秒) する;
4) ヨウ素液で処理 (30 秒) して水洗する;
5) アセトン・エタノールで脱色 (10 秒) して水洗する;
6) サフラニンで染色 (30 秒) して水洗する。
この方法で、S. aureus は紫に、E. coli は赤に、それぞれ染まった。
(2) 火炎固定の省略
固定としては乾燥だけでも充分と考えられるので、火炎固定のステップは省略しても、染色性に大きな影響はないと考えた。
実際、そのようになった。
(3) ヨード処理の省略
ヨード処理をしないとクリスタル紫が沈殿しないので、陽性に染まりにくくなるが、それでも多少は染まるのではないかと考えた。
しかし実際には S. aureus も完全に赤に染まった。
(4) ヨード処理を省略し、脱色時間も 3 秒程度に短縮
脱色時間を短くすれば、ヨード処理をしなくても多少は染まるのではないかと考えた。
しかし実際には、S. aureus も完全に赤に染まった。
(5) 脱色の省略
グラム陽性菌と陰性菌の違いが出ず、いずれも紫に染まると考えた。
実際、E. coli もグラム陽性菌と全く区別がつかないような紫に染まった。
(6) 脱色時間を 30 秒に延長
脱色時間が長くてもグラム陽性菌のペプチドグリカン層が破壊されるわけではないから、染色性に大きな影響は与えないと考えた。
実際、通常のグラム染色と同じように染まった。
(7) 脱色時間を 30 秒に延長し、3 回繰り返す
脱色操作を繰り返してもペプチドグリカン層が壊れるわけではないから、染色性に大きな影響は与えないと考えた。
しかし実際には、S. aureus の紫が薄くなり、グラム陰性菌に近い染まり方になった。
水洗を繰り返したために、クリスタル紫が細胞外へ少しずつ流出したのであろう。
(8) サフラニン染色を省略
グラム陰性菌は染まらない、と考えた。
実際、E. coli は全く染まらなかった。薄紫ですらなかった。
(9) ヨード処理までで止める
グラム陰性菌もグラム陽性菌と同じように染まると考えた。
実際、E. coli もグラム陽性菌と区別できないほど明瞭な紫に染まった。
まとめると、全て、理論的に予想されるものと完全に一致する結果であった。 これはこれで、なかなか、面白い結果である。
今回、行いそびれたのが「エタノール処理をクリスタル紫より先に行う」というものである。 理屈としては、通常のグラム染色と同じような染まり方をすることも可能のはずであるが、 水洗だけではクリスタル紫ヨウ化物をキチンと洗い流すのが難しいために、グラム陰性菌もやや紫に染まるであろう。