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2016/10/06 グラム染色法 (1)

10 月 8 日の記事も参照されたい。

細菌を顕微鏡下で観察する際には、グラム染色と呼ばれる手法で標本を染めることが多い。 この染色法は、Christian Gram が 1884 年に発表した方法が原法であるらしいが、その報告はドイツ語のようなので、私は読んでいない。 原法の詳細は忘れたが、現代において頻用されるグラム染色変法の一つにおいては、まずクリスタルバイオレットで細菌を全て染める。 そしてヨード液で「安定化」させた後に、エタノールで処理する。 この段階で、黄色ブドウ球菌に代表される Staphylococcus 属菌などは脱色されないが、 大腸菌、つまり Escherichia coli などは脱色される。 その後にサフラニンで染色すれば、黄色ブドウ球菌は紫に、大腸菌はピンクに、染まり上がるという寸法である。 しかし、こうした染色性の違いが何に由来するのか、という機序については、長年、謎とされてきた。 南山堂『戸田新細菌学』改訂 34 版によれば、この問題が概ね決着したのは、1980 年代であるらしく、T. J. Beveridge らの報告 (J. Bacteriol., 156, 846-858 (1983).) を参考文献に挙げている。

多くの研修医は、グラム染色のやり方を知っていても、自分が何をやっているのかは理解していないであろう。 もちろん、それでも臨床は、回る。 某大学で細菌学を教えている某教授も、私がグラム染色法における「ヨード処理」の意義について質問した際には即答できなかったし、 私も、つい最近までグラム染色法について無知であった。 しかし、我々は臨床を回す肉体労働者ではなく、医学の次代を担う開拓者なのだから、グラム染色とはそういうものなのだ、と、天下り式に認めるわけいはいかない。 私は、過日、ふとしたきっかけにより少しばかりグラム染色法について勉強したので、ここにまとめておこう。

クリスタルバイオレットは、C+{C6H4N(CH3)2}3 という構造を持つ。 我々が使う試薬としてのクリスタルバイオレットは塩化物であり、もちろん、水溶性である。 しかしクリスタルバイオレットのヨウ化物は、水に不溶であるらしい。 Beveridge らは、グラム染色の工程で細胞内に起こる現象を電子顕微鏡的に観察した。 彼らの観察手法にはいささかの問題があり、充分に信頼できるとまではいえないが、彼らの観察からは次のような仮説が考えられた。

まず大腸菌の場合について考える。ヨード処理を行うと、クリスタルバイオレットのヨウ化物が細胞質に沈殿する。 その後にエタノール処理を行うと、外膜は著しく損なわれ、また、内膜も、ある程度の損傷を受ける。 この種の細菌では、外膜と内膜の間のペプチドグリカン層は極めて薄く、また不連続な箇所もある。 従って、エタノール処理により細胞内外を隔てる障壁が失われることになり、クリスタルバイオレットのヨウ化物が細胞外へ流出するのである。

これに対し黄色ブドウ球菌では、ペプチドグリカン層が厚いため、エタノール処理により細胞膜が損なわれても、細胞内外は隔離されたままである。 このために、クリスタルバイオレットのヨウ化物が細胞内に留まり、顕微鏡下で紫に染まってみえる。

この仮説に従えば、グラム染色では、ペプチドグリカン層の厚さが重要ではあるものの、ペプチドグリカン層そのものを染めているわけではない、ということになる。 この点を私は四年間、勘違いしていた。

2016.10.8 タイトル変更
2016.10.17 誤字修正

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