これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2016/10/01 風邪について

「風邪」という語はキチンとした病理学的定義を持たないが、一応、「かぜ症候群」という言葉は医学用語であるとされている。 医学書院『医学大辞典』第 2 版では、これを「急性上気道炎」と同義であるとしている。 さらに「普通感冒」という語を「かぜ症候群の中で鼻症状を主体とし、最も軽症のものを指す」としている。 もちろん、「普通感冒」と対になるのは「流行性感冒」であって、これはインフルエンザのことである。

さて、過日、同期の研修医の某君との間で論争になったのが「下垂体機能低下症のために免疫能が低下し、風邪をひきやすくなる」という論理は適切かどうか、ということである。 結局のところ、我々の間で合意は形成されなかったのだが、なかなか面白い話ではあったので、ここに記載しておこう。

私は、「下垂体機能低下症のために風邪をひきやすくなる」という現象はあるが、しかし、それは「免疫能が低下したため」ではない、と考える。 「下垂体機能」という語は曖昧で幅広いが、ここで問題となるのは副腎皮質刺激ホルモン (AdrenoCorticoTropic Hormone; ACTH) 分泌能であろう。 何らかの原因により ACTH 分泌障害を来した場合、結果的に副腎皮質からのコルチゾールの分泌が乏しくなる。 コルチゾールの作用は多彩であるが、糖新生亢進に代表される代謝調節作用と、いわゆる抗炎症作用に大別されよう。 もちろん「抗炎症作用」というのは非常に漠然とした表現であるが、Golan DE et al., Principles of Pharmacology, 4th Ed., (2017). によれば、 これは NF-κB を阻害することによりサイトカインの放出を抑制する、というものであるらしい。

炎症の調節機構の詳細は、特に膠原病学の分野において重要視されているが、未だ詳らかにされていない。 しかし、おおまかにいえば、正のフィードバックと負のフィードバックが共存し、それらが適切なバランスを保つことで、 必要なときに限定して炎症が起こるようになっているらしい。 上述のように、コルチゾールは炎症の正のフィードバックを抑制する作用を有するので、これが欠乏すると、過剰な炎症が起こることになる。 炎症というのは免疫細胞の活性化と表裏一体である。 従って、結局のところ、コルチゾールの欠乏は免疫応答の過剰な活性化を引き起こす、といえる。 たとえば、正常であればどうということはないような、上気道への極めて軽度の刺激であっても、活発な免疫応答、すなわち上気道炎を惹起するのである。

以上の考察からわかるように、一見、逆説的ではあるが、「下垂体機能低下症のために、免疫応答が過剰に活性化し、風邪をひきやすくなる」というのが適切であろう。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional