これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
形式的には、我々研修医は、北陸医大 (仮) に雇用されていることになっている。 すなわち、労働力を大学に提供し、対価として給与を受けとっているのである。 もちろん実際には、我々は自身の研修のために大学病院で活動しているのであって、大した労務は提供していない。 給与も、実態としては、給付型奨学金のようなものである。
以前にも書いたことがあるが、欧州あたりでは、国立大学の学費が無償、あるいはそれに近い格安なのが常識である。 さらに、日本語では「奨学金」と訳される scholarship は、使途に制限のない給付型が当然であって、返還の義務が課されるものは loan である。 日本学生支援機構と称する団体が運営しているのは、奨学金ではなく「学生ローン」なのである。 これに対し、国にもよるが、欧州の大学生や大学院生の多くは、scholarship を受け取っている。もちろん、返還の義務など、ない。
私が京都大学大学院の博士課程学生であった頃、国際会議で出会った欧州の大学院生と雑談をする中で 「君は、月にいくらぐらい scholarship をもらっているんだい?」と問われたことがある。 私は「もらっていない。むしろ授業料を払っている。」と答えたのだが、彼は、私が何を言っているのか、一瞬、理解できなかったようである。 日本一を自負する京都大学の大学院生が、scholarship を与えられていないどころか、逆に年に 50 万円もの授業料を支払っているというのは、 彼らの常識からすれば、ありえないことなのである。 そういう意味で、日本の大学生や大学院生の経済状況は、欧米諸国からみてかなり非常識である。 これに対し研修医は、給与名目の奨学金が充実しており、まともであるといえる。
さて、北陸医大では、研修医の時間外労働について、次のように規定されている。 まず、次の項目に該当する行為は、時間外労働とみなされる。
一方、次の項目に該当する行為は、時間外労働とは認められない。
少し考えればわかるように、この規定は、おかしい。 そもそも、臨床診療科で行われるカンファレンスの多くは、患者の診療方針を決定するためのものである。 従って、時間外労働とは認められない「カンファレンス」は、時間外労働とみなされる「患者を診察するための準備・調査」にも該当するのであって、矛盾している。 さらにいえば、医局会や抄読会などへは、自由意思で参加する例もあるかもしれないが、多くは、指導医から命じられて出席している。 業務上の命令によって参加しているのならば、それは業務の一部なのだから、時間外労働として認められなければおかしい。
一方、特に北陸医大の場合、研修プログラムの構成には、かなりの自由が認められている。 たとえば、私は泌尿器科での研修を一ヶ月受けることになっているが、研修修了のための要件という観点からいえば、これは不要である。 むしろ、代わりに病理部での研修でも入れておいた方が、楽である。 それを敢えて泌尿器科にしたのは、私自身が、泌尿器科で研修を受けたいと望んだからである。 それを思えば、泌尿器科で行われる一切の研修行為は、「自らの意志による診療行為の見学」に該当するから、時間外労働と認められる行為は、一切存在しないことになる。
さらに、上述の項目では「指導医の指示ではなく自らの意志による診療行為」が、どちらに含まれるのか、明記されていない。 たとえば、時間外に、指導医から特に命じられたわけでもなく、自主的に病棟を巡回する行為は、どうなるのか。 あるいは、指導医から命じられたわけではなく、志願して時間外の手術に加わった場合は、どうなるのか。
こういう難しい問題に直面したときは、定義や概念に遡って考えると、わかりやすい。 たとえば時間外に及んだ手術に際して、私が患者の創部を縫合したとする。 常識的に考えて、指導医が直接縫った方がキレイであるし、速い。 それを、他のスタッフの人々に少し待っていただきながら私が縫合するというのは、私以外の誰の利益にもなっていない。もちろん、患者の利益にもなっていない。 私は、形式的には指導医の指示によって診療行為をしたことになるが、実態としては、私の勉強のために、患者やスタッフに協力していただいただけである。 その行為に対して時間外労働手当を請求するなどというのは、道理が通らない。
我々の「給与」は、冒頭で述べたように、本質としては奨学金なのであって、労働に対する対価ではないのである。 以上のような論理で、私はこれまで、時間外労働実績簿は全て「0 分」で提出している。