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2017/03/09 骨巨細胞腫

骨巨細胞腫というのは、長管骨端を好発部位とする骨腫瘍の一つであって、組織学的には多数の破骨細胞様巨細胞の出現を特徴とする。 巨細胞というのは、多数の核を持つ巨大な細胞のことである。 基本的には、この腫瘍は良性、つまり転移を来さないのだが、局所で aggressive に増殖する傾向があるらしい。 平たくいえば、良性だか悪性だか、よくわからない、いわば境界的な病変のようである。

整形外科学の名著 Azar FM et al., Campbell's Operative Orthopaedics, 13e (2017). では、この腫瘍性病変の病理学的本態について言及していない。 一方、病理診断学の聖典 Rosai J, Rosai and Ackerman's Surgical Pathology, 10e. (2011). によれば、この病変でみられる巨細胞は、 詳細な機序は不明であるものの、TGF-β や RANK などを介して血液中の単球が反応性に融合して形成されたものであるという。 すなわち、真の腫瘍細胞は、間質に豊富に存在する小型の単核細胞であるらしい。 この腫瘍細胞は、電子顕微鏡的には繊維芽細胞や骨芽細胞に類似した形態を持つが、起源は、はっきりしないようである。

ところで、病理診断医向けのアンチョコ本に `Diagnostic Pathology' シリーズがある。 このシリーズの特徴は、病理学的要点を簡潔かつ明瞭に記していることである。 たとえば、このシリーズの中で骨病変を扱っている Nielsen GP, Diagnostic pathology Bone, 2e (2017). の `Giant cell tumor' の節をみると、 この病変は腫瘍性であり、骨芽細胞様の単核腫瘍細胞が RANK を介して反応性巨細胞を形成せしめること、 そして腫瘍細胞には H3F3A ヒストン遺伝子に変異がみられることが記されている。 わかりやすい、といえば、わかりやすい。

しかし、わかりやすい記述というものは、学術的には、あまり正確ではないことが多い。 実際、骨巨細胞腫の病理学的本態というのは議論のある問題であって、文光堂『骨腫瘍の病理』(2012). では、 巨細胞の形態は純粋に反応性の過程として理解することが困難である、として、これも腫瘍性細胞である可能性を指摘している。

この骨巨細胞腫は、何も、特殊な例というわけではない。 医学で扱う問題というものは、だいたい、真相は不明なのである。 それを、どこまでが正しそうで、どのあたりから曖昧なのかを認識し、その闇の中に一歩を踏み出すことが医学なのであり、 それを踏まえて眼前の患者に対応するのが臨床医療なのである。


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