これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
p53 は、rb と並び、最も有名な癌抑制遺伝子の一つである。 これが 2 コピーとも機能喪失すると、細胞は癌化しやすいと考えられている。 従って、生殖細胞系列で 1 コピーが機能喪失している人は、その後の人生の中で、残りの 1 コピーも喪失した細胞が出現することが多い。 すなわち、全身に癌が多発しやすいのであって、これを Li Fraumeni 症候群という。
病理診断学的には、p53 が機能喪失しているかどうかを直接測定することは一般的ではない。 一応、ゲノムシークエンスをすれば変異があるかどうかは判定できるが、手間と費用がかかる割には、診断的意義が大きくないからである。 むしろ免疫組織化学染色法により P53 蛋白質の過剰発現があるかどうかをみることの方が、広く行われている。
細胞生物学を修めたが病理診断学に詳しくない人は、P53 の過剰発現、というと、なんだか奇異な印象を受けるであろう。 HER2 などの癌原遺伝子が過剰発現が癌化と関係していることはわかるが、癌抑制遺伝子が過剰発現するというのは、尋常ではないからである。
実は p53 には癌原遺伝子としての性格がある、という事実は、昔からよく知られているにも関わらず、細胞生物学の教科書にはあまり記されていない。 ややこしいことに、p53 そのものは過剰発現しても癌化を促すことがないのだが、一部の変異型のみが ras 系列の細胞内シグナルを活性化するらしい。 このあたりについては、歴史的にイロイロと混乱があったのだが、そのあたりも含めて Genes Dev. 4, 1, (1990). のレビューが読みやすい。
生理的には、p53 は構成的に転写・翻訳されているが、通常は MDM2 により速やかに分解されるため、細胞内の P53 蛋白質は少ない。 ところが、一部の変異型 P53 は MDM2 の基質とならないために、細胞内半減期が著しく延長し、発現量が増加する。 その一方で、なぜか、この種の変異型 P53 は上述のような ras 系列のシグナル活性化をもたらすことがある。 従って、免疫組織化学的な P53 の過剰発現は、しばしば ras 系列のシグナル活性化を伴っており、病理診断学的に有用である。 もちろん、変異に伴って抗原性も失われている場合には、免疫組織化学的に過剰発現を検出できないことに注意を要する。
上述のことからわかるように、P53 の過剰発現は、直接的には ras 系列のシグナル活性化を意味しない。 たとえば MDM2 の活性低下があれば P53 は過剰発現するが、これはむしろ癌抑制的に作用する。 また、理論的には、MDM2 の基質からは外れるが ras 系列のシグナルにも影響しないような変異も存在するはずである。 わかりやすい例としては、P53 が完全に機能喪失するような変異が考えられる。
従って p53 の過剰発現を評価する際には、他の免疫染色の場合よりも、特に注意深く考察しなければならない。