これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
本日の話題は「家族からの IC」である。 「患者や家族への治療方針の説明」という意味で「IC (informed concent)」とか「ムンテラ (ムントテラピー)」という語が使われることがあるが、これは原義とは異なる。 特に「IC を行う」という表現は、全く意味が通らない。せめて「IC を得る」とするべきである。 同様に「家族への IC」ではなく、「家族からの IC」が正しい。
Informed concent というのは、充分な情報を与えられた上での (患者の) 自発的同意、を意味するのであって、これを欠く診療行為は原則として不適切である。 意識不明である場合などを除いては、診療に関する情報を与えられる権利は患者本人が独占するのであって、家族には「知る権利」はない。 本人の同意なしに家族に対して病状説明を行うことは、医師の守秘義務違反であり、医療倫理の点から重大な不正行為である。 もちろん、治療方針の決定権も患者本人のみが有するのであって、家族には何の権限もない。 従って、「家族からの IC」は原則として不要であるし、むしろ患者の同意なしに「家族からの IC」を得ることは不法行為である。
注意せねばならないのは、認知症などのために本人が充分な判断能力を有さないと考えられる場合である。 法律上は、そういう人々のために成年後見制度があるのだが、現実には、この制度は充分に利用されているとはいえない。 やむなく家族等を事実上の後見人とみなして、これらの人々の同意に基づいて診療を行うことは、明らかに不適切であるとまではいえない。
問題なのは、一定の判断能力を患者本人が有していると考えられるものの、病状回復の見込みがない場合である。 倫理的にも法的にも、「知る権利」は患者のみが有し、治療方針の決定権も患者のみが有し、 そして患者には「知りたくないことは知らされない権利」や「家族に知らされない権利」がある。 特に「家族に知らされない権利」を守ることは、人の尊厳の観点から、極めて重要である。 しかし現実には、本人よりも先に家族に対して病状説明などを行ってしまう例が、存在しているのではないか。 医師、あるいは医療機関の側からすると、先に家族を納得させてしまった方が、トラブルを回避しやすく、特に、患者が死亡した後に揉めにくいからである。
もちろん、これは不適切である。 本人の同意なしに「家族からの IC」を得たり、あるいは治療方針を本人抜きで家族と相談して決めてしまった場合、後で訴えられれば、間違いなく病院の全面敗訴となる。 逆に、本人の同意がなかったために家族への説明を拒否した、という場合であれば、病院側が負ける余地はない。
実際、キチンとした病院であれば、家族に話す前に必ず本人からの同意を得ているはずである。名古屋大学でも、私は、そう教わった。 しかし、中には「死ぬ前には家族に連絡するのが当然だ」などと信じている医者もいるようで、困る。 そういう医者は訴えられるべきだと思うのだが、家族を亡くした遺族には、そういう水準の低い医者を相手に裁判をする気力もないことが多いであろう。 その結果、勘違いした医師が、のさばり続けているのが現状である。