これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/02/17 ネッター

医学科の学生であれば、よほどの怠慢学生を別にすれば、人体解剖図譜、いわゆる「アトラス」を所有しているはずである。 アトラスの中でも有名なのは、Netter と Prometheus であり、いずれも日本語訳されたものが出版されている。

故 Frank H. Netter は医師であったが、解剖図譜だけでなく、様々な疾患の臨床所見などを簡明で美しい図譜として遺した画家でもあった。 `Atlas of Human Anatomy', 邦題「ネッター解剖学アトラス」は、そのうち解剖学に関するものを集めた画集である。 原書は Elsevier から、日本語版は南江堂から、出版されている。 私はネッター派であるから、学生時代、これの第 5 版日本語版を、自宅用、大学用、解剖実習時の持ち込み用、の計 3 冊、購入した。

一方、Prometheus は、もともとドイツで出版されたアトラスであり、原題は Prometheus - LernAtlas der Anatomie というらしい。 日本語版は医学書院から出版されている。 この Prometheus は、要点だけをまとめた「コアアトラス」の他に、4 分冊になった詳細版がある。詳細版を全部購入すると 5 万円程度になるから、これを買う学生は稀であろう。

名古屋大学時代に、同級生の中で抜群に優秀であった女性と、アトラスの優劣を論じたことがある。 彼女がプロメテウス派だというのに対し、私は「プロメテウスも悪くはないが、ネッターの方が詳しいように思う。」と述べた。 すると彼女は「いや、さすがに、それはない。」と言い、自慢のアトラスをみせてくれた。 私は、その表紙をみて「プロメテウスというのは、あの簡略版ではなく、分冊版の詳しい方のことか。」と、驚いた。 彼女は「当たり前でしょう。何を言っているんですか。」と、ニヤリと笑った。

さて、ネッターには、俗に `Green books' と呼ばれる画集がある。 正式名称は `The Netter Collection of Medical Illustlations' であり、1948 年から 40 年ほどかけて完成された伝説的名著である。 これの改訂版が 2011 年から順次出版され、昨年 6 月に、全 14 冊の Green books 第 2 版が完成した。 もちろん Netter 自身は故人であるから、彼が新しい図譜を描いたわけではない。 その代わり、電子顕微鏡写真や組織画像などが掲載され、また、一部は Netter の後継者とされる C. Machado による図譜が加えられた。 オリジナルのネッター支持派の間では、賛否が分かれるかもしれぬ。

この Green Books 第 2 版が、先日、北陸医大 (仮) の図書館の蔵書に加わった。 以前から薄々思ってはいたのだが、この大学の図書館は、一般的な教科書の蔵書は貧弱であるものの、こういうマニアックな書籍は充実している。 たいへん、よろしい。

さて、私は、この Green books を購入しようかどうか、いささか迷った。 ぜひ我が書棚に納めたい品ではあるのだが、なにしろ全部を揃えると 12 万円を超える。 いくら研修医が高給取りだからといって、これは、さすがに高い。 しかし、いずれ購入するのであれば、今、購入してしまった方が良い。 それに、もし仮に私が市中病院の研修医で月給 50 万円を受け取る身であったならば、迷わず購入したであろう。 市中病院の研修医が購入するような医学書を、大学病院の、それも北陸医大の研修医が、予算を理由に購入しない、などということがあってはならぬ。

届くのが楽しみである。


戻る
Copyright (c) Francesco
Valid HTML 4.01 Transitional