これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
大学院を辞めるとき、某教授から励ましの言葉をもらった。 「これまで主に理論や計算をやってきたのであれば、考える、ということには長けているであろう。 それは、どの分野に移るにしても、大きな武器になるに違いない。」 というのである。 当時は何となく勇気づけられはしたが、教授の言っている意味は、よくわからなかった。
今になってみると、教授の言った通りであった。 「覚える勉強」ばかりしてきた学生や若い医師は、考えるということが、全くできない。 それは、彼らの書くカルテに如実に現れている。 患者の病態に対するアセスメントが、全然、できていない。 ○○の所見があったから△△をした、というような記載ばかりで、「なぜ、そうしたか」が書かれていないのである。 診断名がカルテに記載されていない例も少なくない。
そう指摘すると、若い研修医などの中には「臨床現場は忙しいから、そんな詳細にカルテを書いている暇がない。 お前は気楽な病理だから、そんなことが言えるのだ。」などと言う者がいる。 的外れである。自分達の至らない点を棚に上げて、批判を防ぐことにばかり集中し、自分達が患者を害しているという現実から必死に眼を背けているに過ぎない。
学生には信じられぬことであろうが、たとえば原因不明の貧血をみた時、少なからぬ医師は、その原因検索をまともに行わず、とりあえず輸血で凌ぐ、という対応をする。 なぜ血液塗抹標本をみないのか。なぜ網赤血球やハプトグロビンを測らないのか。なぜクームス試験を施行しないのか。 中には、鉄関連の血液検査すら施行しない者もいる。 さらに恐ろしいことに、MCV が 70 fL を下回っているような患者について「貧血の原因は出血であると考えられる」などと記載した紹介状をみたこともある。
専門外の人のために補足しておくと、出血による貧血は、正球性ないし代償性網赤血球増加による大球性であって、つまり赤血球の大きさは、普通ぐらいか、やや大きくなる。 MCV というのは赤血球 1 個あたりの大きさのことであって、普通は 80 fL ぐらいはある。70 fL というのは、とても小さい。 上述の患者は、たぶん、出血が持続したことで鉄欠乏性貧血を来して代償不全となり、小球性貧血を来したのであろう。 それを主治医は気づいていなかったから「原因は出血である」などと書き、鉄剤の投与も行っていなかったのである。
「診断する」という能力が、根本的に欠如している。 おそらく、学生時代から試験対策と手技にばかり興味を示し、診断学をまともに勉強しなかったのであろう。 そして研修医になってから、まともな診断能力を持たない指導医の背中ばかりみて育つと、結局、診断できない医師ができあがる。