これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
血友病 A とは血液凝固の第 VIII 因子欠損症のことであり、血友病 B とは第 IX 因子欠損症のことである。 血友病 B には、最初に発見された患者の名から「クリスマス病」という別名もある。 第 VIII 因子は第 IX 因子の補因子として働くため、いずれが欠損しても、結局は第 IX 因子の機能不全となり、つまり第 X 因子の活性化障害を来す。 従って、血友病 A と血友病 B は臨床的には鑑別不能であり、第 VIII 因子活性や第 IX 因子活性を調べることによってのみ鑑別できる。と、言われることが多い。 凝固因子活性検査は「臨床的」に含めないのか、という疑問もないではないが、そこは本質的な問題ではないので、気にしないことにする。
ここまでは、医学科出身者にとっては常識である。 少しマニアックな人であれば、凝固因子活性の測定には混和法を用いることが多い、ということも知っているだろう。 つまり、APTT 延長を来している患者の血漿を第 VIII 因子を欠く血漿と混ぜた場合に、APTT が短縮しないならば第 VIII 因子欠損症が疑われる。 また第 IX 因子を欠く血漿と混ぜた場合に、APTT が短縮しないならば第 IX 因子欠損症が疑われる。
さて、Kumar V et al., Robbins and Cotran Pathologic Basis of Disease, 9th Ed. (2015). をみると、血友病 A と B を臨床的には区別できないことについて `This should not be surprising, given that factors VIII and IX function together to activate factor X.' と述べられている。 私も、こうした記述を学生時代に読んだ時には「そりゃそうだ」としか思わなかった。 しかし今になって改めて考えると、これは、むしろ驚くべきことである。
血友病 A と B を臨床的に区別することは不可能である、という考えの根拠は、 「第 VIII 因子の生理的機能は、第 IX 因子の補因子としての作用『のみ』である」という事実である。 もし他の作用があるなら、それに起因する臨床的な相違が生じると考えるのが自然だからである。 確かに、第 VIII 因子活性が第 IX 因子活性化以外の何かに影響を与えているという話は、聞いたことがない。
それならば、第 VIII 因子と第 IX 因子などという二つの因子を作る必要はなく、はじめから活性化した第 IX 因子を作れば済むことではないか、と考えるのは自然な発想であろう。 なぜ、進化の仮定で我々は、わざわざ二つの因子を獲得したのか。 単なる偶然のいたずらなのか。それとも、そうした選択圧を生じせしめる事情があったのか。 第 VIII 因子には、活性化プロテイン C の作用標的としての役割もあるが、それについては 第 IX 因子が活性化プロテイン C 感受性ドメインを持てば済むだけの話なので、やはり二つの異なる因子が生じた理由にはならない。
この二つの因子の存在は、進化の過程で何か壮大なドラマが生じた名残りなのであろう。しかし私は浅学であり、詳細は知らぬ。
なお、血液凝固カスケードは複雑怪奇であって、現代生理学においてなお、その全容は解明されていない。 長らく、このカスケードは「第 XII 因子から始まる内因系と、組織因子から始まる外因系が、第 X 因子に合流する」と考えられてきた。 しかし、これは in vitro の現象としては正しいが、in vivo では異なるらしい、という考えが近年では主流になっており、 `Robbins' にも、そのように記載されている。 第 XII 因子の存在意義は、よくわからない。