これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/02/07 Morbidity and Mortality

日本の医療業界には、ドイツ語もどき不適切な略語をはじめとして、 単位の不適切な省略など、不適切な表現が横行している。 特に「上がる」については、検査結果について「高値である」という意味で使う者が多いが、それなら、そのまま「高い」と言うべきである。 「上がる」と表現した場合には、「過去の検査結果に比べて高くなっている」という意味になる。

もちろん、中には言葉に気を使う人もいる。 某教授は、別の医師がカルテに記載した「(悪性腫瘍が) MRI で再発した」という表現をみて、 「MRI で、どうやって再発するんだ」と、せせら笑っていた。 いうまでもなく、これは「MRI 所見から、再発と診断された」と書くのが正しいのだが、日本語が不自由な医師は多いのである。

医師の言葉遣いがおかしいのは、遺憾ながら、日本に限ったことではない。 たとえば米国の週刊誌などをみるに、かの国においても `liver function' などの語を不適切に用いる慣習があるらしい。

米国の教科書などで、しばしば `morbidity and mortality' という表現をみかける。 `Morbidity' というのは公衆衛生学用語であって、日本語でいうと「罹患率」である。 これは、人年単位で表した疾患の発生頻度であり、人口 10 万人、一年あたり、の単位を使うことが多い。 たとえば「米国における悪性黒色腫の罹患率は、10 万人年あたり 25 人である」といった具合である。 これに対し `mortality' というのは「死亡率」であって、人年単位で表した、その疾患による死者の数である。 たとえば「米国における悪性黒色腫による死亡率は、10 万人年あたり 3.1 人である」ということになる。 似た言葉に `fatality' というものがあり、これは「致死率」である。 つまり、その疾患を来した患者のうち、どれだけが死亡するか、という割合である。 「急性間質性肺炎の致死率は 50 % 程度である」といった表現になる。

さて、`morbidity and mortality' という語は、そのまま解釈すれば「罹患率と死亡率」ということになり、それ自体は、明らかにおかしな表現であるとはいえない。 しかし実際には、この表現は単なる「死亡率」の意味で使われる場面が多いように思われる。 つまり、単に `mortality' とだけ書けば済むところを、なんとなく `morbidity and mortality' としているのである。 さらにいえば、`mortality' が `fatality' の意味で使われている例が非常に多い点も、日本と同様である。

言葉遣いが甘いということは、つまり、思考が緻密さを欠いている、ということである。 伝われば何でも良い、という態度は、知性の放棄に他ならぬ。


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