これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/02/02 腫瘍の定義 (2)

分化した B 細胞がモノクローナルに増殖する疾患である MALT リンパ腫においては、多くの遺伝子変異や染色体異常が知られている。 Jaffe ES et al., Hematopathology, 2nd Ed. (2017). によれば、第 3, 12, 18 染色体のトリソミーや、t(11; 18), t(14; 18), t(3; 14), t(1; 14) が多いらしい。 これらの転座によって生じたキメラ遺伝子や遺伝子の発現異常が、細胞の異常な増殖を促していることは、ほとんど疑いの余地がない。

こうした遺伝子の異常を伴う疾患について、少なからぬ教科書は、安直に「腫瘍と考えられる」などと述べている。しかし、これは適切な論理とはいえない。 遺伝子異常を背景に、外部からの刺激に過剰に反応して異常な増殖を示す、いわば「モノクローナルな過形成」というべき病態が、理論上、存在するからである。 「モノクローナルな過形成」であれば、外部からの刺激を遮断すれば増殖しなくなるはずであり、あるいは消退する可能性すらある。 これは一種の前癌病変には違いないから、通常の過形成とは区別すべきではあるものの、少なくとも「腫瘍」と呼ぶべきではない。 古典的定義における腫瘍、すなわち、自律的な増殖を続ける病変とは、病理学的にも臨床医学的にも、大きく異なるからである。

もし、だいぶ以前から私の日記を読んでいる人がいたら、「おや、こいつ、前と言っていることが違うぞ」と思われるかもしれない。 というのも、1 年と少し前の記事で私は、遺伝子の異常が存在することを根拠に 「いわゆる副甲状腺結節性過形成は、むしろ腺腫である」と主張しているからである。 しかし、当時の記事で私は、いわゆる副甲状腺結節性過形成は、何らかの外因性刺激に対する反応性の細胞増殖とは考えにくい、と指摘している。 その上で、autocrine ないし paracrine によって増殖していると考えられるから、腺腫とみるべきである、と主張したのである。 遺伝子異常の存在から短絡的に「腫瘍である」と結論したわけではない。

現代病理学の教科書には、なぜか「モノクローナルな過形成」というような概念が記載されていない。 それどころか、5 年から 10 年ほど前までは「モノクローナルな増殖」と「腫瘍性の増殖」を同義として扱う風潮まであったように思われる。 しかし、病理学の教科書をよく読むと、「腫瘍は、変異を来しやすい形質の獲得を背景として生じる」という意味のことが昔から書かれている。 それならば、腫瘍は増殖しながら変異を蓄積していくはずであり、つまり腫瘍は「ポリクローナルな増殖」を呈すると考えるのが自然である。 なぜ、あたかも腫瘍がモノクローナルであるかのような錯覚が生じたのか。

これは、発癌の機序を巡り、白血病、特にリンパ性白血病についての研究が他分野よりも先行した、という歴史的経緯によるものであろう。 遺伝子再構成を経た後のリンパ球に由来する腫瘍に関して研究する限りにおいて、「モノクローナル」とか「ポリクローナル」とかいう語は、 遺伝子再構成の具合を表現する言葉として用いられることがある。 これは臨床的な観点に由来するのではなく、細胞の由来を識別するという、単に研究上の便宜のためだけの用法である。 この用法に限っていえば、確かに血液腫瘍はモノクローナルに増殖するのであるが、ゲノム全体についていえば、当然、リンパ性白血病であってもポリクローナルである。 そのあたりを深く考えない人々によって、「モノクローナル」「ポリクローナル」という語は、不適切な使われ方をするようになったのであろう。


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