これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/01/30 男性同性愛者による献血

2 月 3 日に補足記事がある。

1 年以上前に、 日本赤十字社が定める「献血をできない人」の基準が医学的に不適切であることを述べた。 また、本件についての問い合わせに対する日赤の回答が、到底、納得できないものであった旨も書いた。 日赤の姿勢は、男性同士の性行為であっても充分に安全に配慮して行えば HIV のリスクが高いとはいえない、という医学的事実を無視した、不当に差別的な態度である。

私は、初期臨床研修の一環として、献血に際しての検診業務に携わることもある。 私としては日赤の方針には納得がいかないが、男性同性愛者の献血禁止は明文化されており、検診医の裁量では変更できない。 男性同性愛者の献血を拒否する、などという、医師としての良心に反する行為を、我々は、強要されているわけである。

こうした不当に差別的な態度は、ジュネーヴ宣言の定める医師としての倫理に反するものである。 しかしジュネーヴ宣言は世界医師会なる任意団体が定めただけのものであって、法律でも条約でもない。 日本医師会は世界医師会に加盟しているが、私は日本医師会に加入していないから、私個人は、世界医師会が定めたジュネーヴ宣言とも無関係ということになる。 さらに、日本の法令には、こうした医師としての倫理観についての規定がない。 従って、法令上は上述のような不道徳な行為を禁じる規定がなく、私個人としては、日赤の横暴に対して抵抗する手段がない、というのが現状である。

ところで、The New England Journal of Medicine の 1 月 12 日号 (174 ページ) に `Rethinking the Ban --- The U.S. Blood Supply and Men Who Have Sex with Men' と題する記事が掲載されていた。 タイトルからわかるように、男性同性愛者の献血を一律に禁止することは不適切だ、と主張する内容である。 たいへん論理的、合理的な主張なので、ぜひ読まれると良い。 この記事では、AIDS が世に出現した当初の、疫学的根拠に基づいて AIDS ハイリスク群を献血禁止とした措置は適切で素晴らしかったと認めた上で、 そうした対応は今日では無意味である、と指摘している。 思考停止して、過去の慣習を無批判に、しかも、もっともらしいが実際には不合理な「根拠」を挙げて支持する人々を、強烈に批判しているのである。

我々は、独立した医師である。 医師免許は、医業を為すことの許可証ではない。医学を修め、自身の頭脳で物事を判断できるだけの教育を受けたことの証明書である。 我々にとっては「エラい人が、そう言っていたから」は理由にならない。

なお上述の記事は、次のような格調高い宣言で締めくくられている。

Greatest respect can be paid to the peopole who died and to this tragic and complicated history not by maintaining outdated policies but by constantly reevaluating and implementing changes in line with what we do know and by advancing science in areas we do not fully understand.

我々は AIDS との悲惨な戦いの歴史、および、その中で犠牲となった人々に対して、最大限の敬意を払わねばならない。 その敬意とは、時代遅れの方策に拘泥するのではなく、最新の知見に基づいて常に最適な道を模索することである。 そのためには、未知なる分野を開拓する科学を推し進めることこそが重要である。

2017.02.01 訳修正

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