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2017/01/25 巨赤芽球性貧血

22 日の晩から断続的に降雪があり、既に県内の都市部で 40 cm 程度、山間部では 100 cm を越える積雪が生じている。 私は天気予報をよく確認していなかったために、うっかり日曜日の晩に帰宅してしまい、月曜日の朝の通勤バスが渋滞で遅延して苦労した。 今週は、月曜日の朝から金曜日ないし土曜日の晩まで、病院に滞在する予定である。 そんな生活のために指導医には心配をかけてしまっているようだが、病院の住み心地が良いのは事実である。 食事は安い院内食堂で摂ることができるし、図書館には娯楽雑誌もある。 臨床の役には立たない考え事、調べ物をするには、夜の大学病院は、はなはだ快適なのである。

さて、2 ヶ月ほど前に「書く」と宣言したまま放置してきた巨赤芽球性貧血について、いよいよ書こう。 巨赤芽球性貧血とは、ビタミン B12 または葉酸の欠乏により、DNA、具体的にはチミジル酸の合成障害を来し、結果として大球性貧血を生じる疾患である。 基本的には RNA 合成には支障を来さない。 このあたりについては 3 年ほど前に書いた。

病態から考えてわかるように、巨赤芽球性貧血では、しばしば、白血球や血小板の形成障害を伴う。 無効造血に至り、溶血性貧血を合併するのも典型的である。 また、ビタミン B12 欠乏症では、脊髄後索の脱髄を来すことがあることも有名である。 これらのことは、Kaushansky K et al., Williams Hematology, 9th Ed. (2016). などのキチンとしたな教科書には、当然のように書かれている。

しかし、ビタミン B12 欠乏症が、しばしば微小血管障害を合併する、という観察事実を記載している教科書は、あまり多くないように思われる。 ビタミン B12 欠乏による巨赤芽球性貧血で、末梢血中に時に破砕赤血球が出現することは、その筋では、よく知られた事実である (Andres E et al., Am. J. Med. 119, e3 (2006).)。 この破砕赤血球の出現には、血清 FDP や D-Dimer の軽度高値を伴うことが多い。 これらの所見は、高ホモシステイン血症による微小血管障害を反映しているものと考えられているが、詳細な機序は不明である (Yang Z et al., Biochem. Biophys. Res. Commun. 473, 1218 (2016).)。 また、PT や APTT の延長、あるいは著明な血小板減少を伴うような、つまり DIC に至るほどの血栓傾向を来すことは稀である。

ビタミン B12 欠乏症に対する治療としては、ビタミン B12 の補充が最適である。 その診断が確かでさえあるならば、いかに貧血が高度であろうとも、輸血を行うべきではない。 では、ビタミン B12 の投与を開始すると、患者の赤血球の大きさは、その後、どのように変化するであろうか。

常識的に考えれば、ビタミン B12 の投与を開始後には、普通の大きさの、病的ではない赤血球が作られ始める。 そして、それまで存在した病的な大赤血球が寿命を迎えるにつれて、徐々に正常な赤血球と置換されていく、と想像するのが自然である。 ところが、事実は、そうではないらしい。 巨赤芽球性貧血の治療経過を詳細に調べた報告は少ないが、40 年程前の文献に、僅かではあるが記載されている (Bessman JD et al., Blood 46, 369-379 (1975).)。 これによると、治療開始直後に、病的な大赤血球は急速に末梢血中から取り除かれるようである。 機序は不明であるが、たぶん、治療開始に伴い IFN-γ の産生が亢進し、大赤血球が選択的に血管外溶血を来すのであろう。 これは、それなりに根拠のある推論なのだが、データをここに示すことはできず、申し訳ない。 もし、読者に北陸医大 (仮) の人がいたならば、私に直接コンタクトしていただければ、根拠を示して説明してさしあげよう。

なお、この問題については、なぜか Williams などの教科書には、記載されていない。


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