これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。
1 月 11 日の記事で書いたように、今年から、月刊誌「病理と臨床」をキチンと読むことにした。 今月号の特集は「計量 (デジタル) 病理学: 画像の数値化から補助診断まで」というものである。 これまで、あまり触れたことのない分野であり、なかなか面白い。 ただし、コンピューターや数学に疎い一般の病理診断医や医学科生にとっては、難解で、とっつきにくい内容であろうと思われる。
この特集記事のうち、32 ページから 40 ページまでの「定量的病理診断と病理形態学ルネサンス」は、たいへん良かった。 内容自体も興味深いが、やや複雑な内容を整理して理解しやすく説明されており、なにより、日本語が整っていて美しい。 そして記事の後半に、次のような表現があり、私はニヤリとした。
... しかし, これらの定量データを実際にどう解釈し, 病理診断に役立てていくかについては, 確たる方向性はつかめていない. 兎にも角にも, 人工知能を用いた機械学習を用いて, 闇雲にこれらのデータを解析するのも一つの方法かもしれない. 実際に, 本ソフトウェアにおいても, 癌領域候補の選択に, 機械学習が用いられている. しかし, 決定過程がブラックボックスとなるこのような手法をどの程度医療に活用できるのかは未知な部分が多い.
著者は「結果さえ辻褄が合うなら、それで良い」という考えを嫌う理論派なのであろう。 この段階で、私は、著者のことが好きになった。ところが、次の段落で、追い打ちを受けた。
ここからは, 筆者の個人的見解である. 病理診断は, 病因から, どのようなメカニズムで, 疾患が生じ, 臨床症状を引き起こしているか, 論理的につまびらかにすることである. ある遺伝子変異があると, ある疾患が起こりやすいと, 疫学研究が明らかにしたとき, その過程を埋めるのが, 病理学であると考えている. 人工知能が, ある癌と別の癌で, 予後が異なると判断し, その結果が 99 % の確率で正しいという事実があったとき, その理屈を明らかにするのが病理学の仕事であり, 長年にわたり蓄積された病理形態学の知見との整合性を確認するのが, 病理学に携る者の使命と考えている.
病理診断学が病理学から乖離しつつある現状に対し、的確な批判を穏かな表現で述べた名文である。 さぞや名のある教授が書いたのであろう、と思い著者を確認したところ、慶應義塾大学の橋口明典博士であるという。 失礼ながら私は橋口博士の名を存じていなかったのだが、経歴をみると、同大学医学部を 1995 年に卒業し、助手・助教を 18 年勤め、つい 3 年ほど前に講師になったという。 これほどの見識の人物が、ずっと助教であったのか。 さすが、慶應病理は層が厚いようである。