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2017/01/21 基礎から順番に積み重ねる

医学部編入受験生時代の友人に、私と同様に、筆記試験では優秀な成績を修めつつも面接で苦戦した人がいる。 京都大学出身で、学生時代は数学を専門としていた。その彼が、受験時代に発した次の言葉は、今も心に強く残っている。

理系の出身者は、基礎の重要性を知っている。

北陸医大 (仮) の図書館に行くと、参考書を机の上に積み上げて熱心に勉強している学生が少なくない。 帰宅時にも荷物は持ち帰らず、閲覧席を不法占拠し私物化していることは問題であるが、よく勉強すること自体は、結構である。 ただし、彼らの勉強の仕方は、おかしい。

まず、参考書が、おかしい。 「病気がみえる」だの「クエスチョンバンク」だの、あるいは医師国家試験対策予備校のテキストだのは積まれているが、キチンとした教科書を一冊も置いていない者が多い。 生理学や薬理学、病理学といった基礎医学はおろか、臨床医学の教科書すら開かずに、一体、何を勉強しているのか。

「まずは眼前に控えた医師国家試験を乗り越えて」云々と言う者もいるが、それで医師になってからキチンと勉強するのかというと、 実際はそうではないということは昨年末に書いた。 その一方で、医学科高学年、あるいは研修医になってから、基礎医学を勉強しなかったことを後悔する者も、一部には存在する。 そういう人に対して、私は留年してでも基礎からやり直すべきだと書いた。

名古屋大学時代、下級生の友人に対して、同様のことを口頭で述べたこともある。 すると「そうはいっても、現実には、それで留年するわけにはいかない。何とかならないだろうか。」と言われた。 私は「なるわけがない。もし、それで何とかなるのなら、これまでキチンと積み上げてきた側の人間は、たまったものではない。」と返した。

当たり前であろう。 これまで、細胞生物学から生理学、生化学、病理学、薬理学、などと積み上げて来た人間と、 それらを省略して表面的な臨床医療だけを覚えた人間との間の差は、今後、開くことはあっても、狭まるはずがない。 それとも、マジメに勉強するのは馬鹿だ、とでも言うのだろうか。そういう医者に診療されたい患者が、いると思うのか。

医学科では、とにかく暗記するだけで点を取れるような試験ばかりが行われているから、学生が、そういう勘違いをする。 ガイドラインに従って、患者の所見を点数化して評価するのが「正しい診断」だというのである。 そして現代においては、指導する側の医師ですら医学を修めていない者が稀ではないから、正のフィードバックが生じ、学生は、ますます誤解する。

冒頭の数学出身の彼にせよ、工学出身の私にせよ、一度はドロップアウトしたとはいえ、京都大学時代の経験に支えられて、幸いにも道を踏み外さずに来ることができた。 これこそが、京都大学の名門たるゆえんである。


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