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2017/01/20 瀘胞リンパ腫およびバーキットリンパ腫

私は学生時代、組織学をキチンとは勉強しなかった。 もちろん、並の医学科生に比べればマシな勉強をしたという自信はあるが、 「私は組織学を修めた」と胸を張って宣言できる水準の勉強は、しなかった、という意味である。 そこで本日は、リンパ節の組織学的構造と密接に関係する話題として、瀘胞リンパ腫とバーキットリンパ腫の話をしよう。

リンパ腫とは、リンパ球系細胞の腫瘍であって、腫瘤を形成するものをいう。 これに対し、骨髄や末梢血に生じる血球の腫瘍を白血病という。 現代では、両者の区別には明確な病理学的意義がないと考えられているため、Leukemia/Lymphoma というような表現も用いられる。

瀘胞リンパ腫というのは、通常はリンパ節に、リンパ瀘胞様の構造を形成しつつ腫瘍細胞が増殖するリンパ腫であって、しばしば BCL2 の過剰発現がみられる。 特に、t(14; 18) の転座の頻度が高いが、これは、14 番染色体にある IgH のプロモーターの下流に、18 番染色体の BCL2 コード領域が配置されるものである。 BCL2 は、ミトコンドリア膜間腔から細胞質へのシトクロム c の放出を抑制する、アポトーシス抑制蛋白質であって、つまり癌原遺伝子である。 従って、これの過剰発現は、癌化を促すことになる。

一方、バーキットリンパ腫では、通常、MYC の機能亢進変異がみられる。 この変異を生じる機序に EB ウイルスが関与していると考えられ、この話も面白いのだが、話が逸れてしまうから、また別の機会にしよう。 MYC には代謝調節や細胞増殖亢進などの働きがあり、これも癌原遺伝子である。 従って、これの機能獲得変異も、癌化を促すことになる。 ここまでは、医学科で基礎病理学を修めた者にとっては常識である。 問題は、BCL2 の過剰発現と MYC の機能獲得変異で、なぜ、表現型がこうも違うのか、という点である。

瀘胞リンパ腫もバーキットリンパ腫も、細胞起源はリンパ節の胚中心の B 細胞であると考えられている。 胚中心の周囲には、不活性状態のマントル B 細胞が存在する。これが T 細胞から刺激を受けて活性化すると、胚中心の dark zone に移動し、 centroblast と呼ばれる盛んに増殖する細胞に分化する。 この centroblast では AID が活性化しており、somatic hypermutation が生じる。 その後、cenroblast は増殖しない centrocyte に分化して light zone に移り、免疫グロブリン可変領域の性状に基づく選択を受け、不適切な centrocyte はアポトーシスする。 すなわち、胚中心では、細胞の増殖とアポトーシスが盛んに起こっているのである。 特に、アポトーシスが盛んに起こる、という事実に対応して、BCL2 の発現は生理的に低下していることが重要である。

以上のことからわかるように、BCL2 が過剰発現すると、本来アポトーシスすべき細胞が死なず、不適切に増殖し、すなわちリンパ腫となる。 この場合、増殖シグナル自体は変異によって生じるのではなく、あくまで生理的に発生している点に注意を要する。 一方、MYC の機能獲得変異の場合、アポトーシスも激しく起こるが、それ以上の勢いで増殖することで腫瘍化する。 このことを反映して、バーキットリンパ腫では、細胞分裂期にみられる Ki-67 蛋白質が高発現している。

このあたりのことは、これまで私が読んだ教科書には明記されておらず、いまいちハッキリしない、もやもやした状態が続いていた。 ところが過日、Jaffe ES et al., Hematopathology, 2nd Ed. (2017). という血液病理学の教科書をみた時、この件について詳細に記述されており、 私は、いたく興奮したのである。


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