これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/01/13 骨腫瘍様病変

私は名古屋大学時代、整形外科学をまともに勉強しない不良学生であった。 キチンとした教科書も持っておらず、医学書院の『標準整形外科学』をペラペラとめくる程度の勉強しか、しなかった。 もちろん、整形外科学の単位認定試験は、不合格になった。 この時、私は整形外科学教授の発言に著しく憤慨したのであるが、まぁ、過ぎたことである。

本日の話題は、臨床医学の中でも特に私が不得手とする整形外科学である。 過日、単発性骨嚢腫 solitary bone cyst と動脈瘤様骨嚢腫 aneurysmal bone cyst の組織学的鑑別が問題になった。 文光堂『骨腫瘍の病理』(2012). によれば、solitary bone cyst というのは、非腫瘍性の嚢胞性病変であり、原因はよくわからない。 骨中心性に嚢胞が形成されるのが典型的であり、組織学的には、嚢胞壁は繊維性組織であり、明瞭な被覆細胞はみられない。 しばしば嚢胞壁の間質にフィブリン様物質の沈着がみられ、これは degenerating fibrin deposit と呼ばれる、solitary bone cyst に特異的な所見であるという。 一方、aneurysmal bone cyst というのは、真の腫瘍性病変であるらしい。 ただし、その根拠は「特徴的な染色体転座とキメラ遺伝子の形成がみられるから」というものであって、腫瘍であると断定するだけの根拠はない。 キメラ遺伝子を背景とする反応性の、すなわち過形成性の増殖性疾患ということも、充分に考えられるからである。 この aneurysmal bone cyst は、内部に血性の液体が貯留していることが多いが、これは solitary bone cyst でもみられることがあり、特異的ではない。 放射線画像上は、偏心性の嚢胞を形成することが多い。組織学的には嚢胞壁が比較的細胞成分に富んでいるが、内皮細胞による被覆はみられない。

大抵の場合は、solitary bone cyst と aneurysmal bone cyst は特徴的な組織学的所見を有するので診断には迷わないらしいが、稀に、紛らわしいことがある。 そうした場合に、両者を明確に鑑別することが、はたして、臨床的にどれだけ重要なのだろうか、というのが、本日の疑問点である。

北陸医大 (仮) の研修医室や病理学教室の私の机には、整形外科学の教科書など、置いてない。 一応『標準整形外科学』は持っているはずだが、たぶん自宅のどこかに埋ずもれており、大学には持ってきていない。 そこで、まず図書館で教科書を調べるところから始めた。

医学書院『標準整形外科学』第 12 版によれば、 solitary bone cyst に対しては「内壁の結合組織性膜を掻爬し骨移植を行う」 「ステロイド局所注射やピンニングによる持続排液なども試みられている。」とある。 一方、aneurysmal bone cyst に対しては「掻爬術と人工骨移植術で再発は少なく予後良好である。」とある。 この記述を信じるならば、両者の鑑別は、臨床的にはそれほど重要ではないことになる。 しかし、標準シリーズは、あくまで国家試験対策書であるから、あまり信用してはいけない。

次に、マジメな整形外科学の成書として南山堂『神中整形外科学』改訂 23 版 (2013). を開いた。 これは、キチンとした整形外科学の教科書として、名古屋大学時代にも何度か図書館で開いたことのある書物である。 これによると、solitary bone cyst に対しては病巣掻爬と骨移植が標準的であるらしい。 しかし手に生じた aneurysmal bone cyst については 「罹患中手骨または指骨を除去して骨移植で補填する方法が無理なく, 可能な場合はそうしてもよいが, 罹患中手骨または指骨のある指列全体を切除して, それが中指列の場合は示指列を, それが環指列の場合は小指列を移動する方法も考慮すべきである」などと、激しいことが書かれている。 どうやら、この両者の鑑別は、非常に重要な場合があるらしい。

最後に、洋書の代表として Canale ST et al., Campbell's Operative Orthopaedics, 12th Ed. (2013). をみた。 この書物では、solitary bone cyst と同義である unicameral bone cyst について、小さく無症候性であれば経過観察でもよく、 治療する場合には掻爬術、または吸引およびグルココルチコイドなどの注入が良い、としている。 一方 aneurysmal bone cyst については掻爬術と骨移植が良い、としている。 すなわち、グルココルチコイド注入療法、という選択肢の有無が、違うのである。 なお、この書物では solitary bone cyst が生じる機序を「骨幹端分におけるリモデリングの異常により間質液の流れが阻害されて嚢胞が生じる」としている。 また aneurysmal bone cyst についても「真の腫瘍ではない」という立場をとっている。

結局のところ、solitary bone cyst が間質液の貯留によって生じる passive な嚢胞であるのに対し、 aneurysmal bone cyst は、腫瘍または過形成により細胞成分が active に増殖して生じる嚢胞と考えられる。 結果として、後者は前者に比して周辺組織を破壊する傾向が強く、より積極的な治療が必要になるらしい。 従って、両者をしっかりと鑑別することは、我々病理医に課された重要な任務である、といえる。

2017.01.20 『標準外科学』を『標準整形外科学』に修正

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