これは http://mitochondrion.jp/ に掲載している「医学日記」を、諸般の便宜のために、 1 記事 1 ファイルとして形成し直したものです。 簡単なプログラムで自動生成しているので、体裁の乱れなどが一部にあるかと思われますが、ご容赦ください。


2017/01/02 サードスペースとスターリングの浸透圧の法則

「サードスペース」についてのレビューとしては、高折益彦によるもの (麻酔 47, S61-S69 (1998).) が簡明である。 高折も指摘しているように、そもそも「サードスペース third space」という語を、誰が最初に用いたのかは、よくわからない。 PubMed で「"third space"」を検索すると 232 件、「"third space" [title]」では 23 件しかヒットしない。 このうち 1978 年の報告 (Mollitt DL et al., J. Pediatr. Surg. 13, 217-219 (1978).) では、`third space' という語が、 特に説明も引用もなく用いられている。この頃には既に、この語が広く知られていたのだろう。 一方、手術などの後に体液貯留がみられるという事実は 1960 年頃 (Shires T et al., Ann. Surg. 154, 803-810 (1961).) には知られていたが、 この報告では非機能的細胞外液 nonfunctional extracellular fluid などの表現が用いられており、third space という語は登場しない。

この「非機能的」という語は、血漿、組織液、リンパ液、という、古典的モデルで考えられてきた体液の移動に加わっていない、という意味である。 この非機能的細胞外液なるものの存在を仮定する意見は少なくなかったが、それが具体的に、どこに、どういう形で存在するのかは、誰も示すことができなかった。 周術期体液管理についての 2008 年のレビュー (Chappell D et al., Anesthesiology 109, 723-740 (2008).) では、これについて

Is it an interstitial shift or located within the mysterious third space?

と、「サードスペース」なる語を揶揄するような表現を用いている。 このように、「サードスペースなる区画に体液が貯留する」という考えは一種の詭弁である、という認識が、専門家の間には存在したようである。 こうした詭弁を持ち出さねばならないという事実は、この古典的モデルが前提としている「スターリングの浸透圧の法則」が誤りであることを示唆する。 しかし、この法則の、どこが、どう間違っているのか説明することができなかったために、便宜上「サードスペース」などの語が使われ続けてきたのである。

スターリングの浸透圧の法則というのは、E. H. Starling が犬を用いた実験に基づいて 1896 年に報告したものである (J. Physiol. 19, 312-326 (1896).)。 なお、この Starling は、後にスターリングの心臓の法則を示した人物である。 スターリングが取り組んでいた問題は「組織液が血管内に移行して血漿となることがあるのだろうか。」というものであった。 すなわち、血漿が血管外に移行して組織液となり、さらにリンパ管に移行してリンパ液となることは既に知られていたが、 血漿と組織液との移行は一方通行なのか、それとも双方向性のものなのか、という問題である。

1890 年代に、腹腔内や胸腔内などに投与した生理食塩水は、リンパ管内の明らかな流量増加を伴うことなしに速やかに吸収される、という観察事実が報告されていた。 これにより、組織液は血漿へと直接移行し得る、と推定されたが、直接的証拠は乏しかった。 そこでスターリングは上述の 1896 年の報告で、犬の右脚に人工的に浮腫を作ると、右脚の血液の方が左足の血液より希釈される、という事実を示し、 組織液がリンパ流を介さずに血漿へと直接移行する、と主張した。 もし組織液がリンパ流を介してのみ血漿へと移行するなら、血液の希釈の程度について、左右差が生じるはずはないからである。

この組織液の血漿への直接移行について否定的な立場を示していたのが Klemensiewicz である。 彼は腸管の切片を用いた in vitro の実験で、間質の静水圧が血管内の静水圧より高くなると血管が虚脱するため、 組織液の血漿への移行は起こらない、ということを 1886 年に報告したらしい。

スターリングの実験結果は、この Klemensiewicz の報告と一見矛盾するものであった。 そこで彼は理論的観点から、もし毛細血管の血管壁を周囲からひっぱる繊維が存在すれば、 間質の静水圧が高くなっても毛細血管は虚脱せず、組織液の血漿への移行は起こり得る、と主張した。 そして、そのような構造を有する組織が体内のどこかに存在するのではないか、と考えた。 しかし実験的には、そのような組織を発見することができなかった。

そこでスターリングが持ち出したのが、今日でいうスターリングの浸透圧の法則であって、つまり、水の移動を膠質浸透圧の差によって説明する理論である。 それまで、浸透圧に基づく水の移動としては、全浸透圧のみが考慮されており、今日でいう晶質浸透圧と膠質浸透圧は明確に区別して考えられてはいなかった。 しかしスターリングは、血管壁はイオンに対する透過性は高いが、蛋白質に対する透過性は低い、と指摘して、 水の移動については晶質浸透圧はほとんど関与せず、主として膠質浸透圧によって決まる、と主張したのである。 この考えに基づけば、静水圧ではなく膠質浸透圧の差を駆動力として、血管を虚脱させることなく、組織液から血漿への直接移行を来すことが説明可能である。

以上のように、スターリングは持ち前の鋭い考察と推論によって、組織液と血漿の間の水の移行モデルを提唱した。 しかし、このモデルが誤りであることは、今日では常識である。 次回は、その点について書くことにしよう。

なお、以上のスターリングの主張は、全て 1896 年の一報の論文に記載されている。 これに対し現代では、論文数を稼ぐために、一連の内容であっても細分化して複数の論文として投稿する者が稀ではない。実に、くだらないことである。

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